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最先端の放射線利用を研究者が紹介 (NPO法人放射線教育フォーラム主催:2022年度第3回勉強会)

 

 NPO法人放射線教育フォーラムは2023年2月26日、2022年度における最後の勉強会(第3回)をオンラインで開催した。「放射線の理解を深めるための授業について考える」というテーマで、研究用原子炉の役割や、放射線を用いた抗がん剤の開発について、実際に研究している専門家がわかりやすく説明。最先端の放射線利用がどのようなものなのか、教育関係者が知る機会となった。また、新学習指導要領が完全実施された中で取り組まれている中学校の意欲的な放射線教育についても紹介された。

 

■研究で使われる原子炉の中性子

 日本には研究用原子炉が全国にある。この研究用原子炉はどのように活用されているのか。京都大学の中島健さん(複合原子力科学研究所 教授)が科学研究における研究用原子炉の役割について、わかりやすく解説した。題目は「京都大学研究用原子炉の現状と今後」。

 中島さんは、京都大学が所有している研究用原子炉「KUR」で行われている中性子ビーム利用について詳しく説明。原子炉の中で核分裂の連鎖反応が起きたときに数多く生まれる中性子は、さまざまな研究に役立つという。

 中性子はさまざまな能力をもつ。例えば、電気を帯びていないので透過力が高く、物質の奥まで入っていける。また、同位体を見分けることや磁場を捉える能力ももっているという。さらに、原子の並び方や原子の動きを見ることや、原子を励起したり変換したりすることもできるとのこと。

 透過力はエックス線にもある。ただ、エックス線は軽い原子核には反応せず、そのまま通り抜けてしまう。一方、中性子は対象が軽い原子核でも反応を起こしやすい。「エックス線と中性子とうまく組み合わると、原子核の重たいものと軽いものの両方の動きや分布を見ることができる」と中島さん。特に生体では軽い水素の動きが重要で、中性子とエックス線の両方を用いることで生体の様子を詳しく捉えることが可能になるそうだ。

    京都大学 中島健さん(複合原子力科学研究所 教授)

 

 中島さんが所属する京都大学の複合原子力科学研究所には二つの原子炉がある。一つは、中性子を用いた多目的の研究に使われる「KUR」。もう一つは、臨界における中性子のふるまいなどを研究する炉物理実験用の「KUCA」。この日は、主にKURについて説明した。

 KURは1964年 に運転を開始。出力の規模は5 MW。得意とする分析法の一つに、中性子を照射して物質の元素などを調べる「放射化分析」がある。「例えば、原子炉の中に金属材料などを入れて、そこに原子炉の中性子を当てると、ある元素は中性子を吸収して別の元素になって放射線を出すようになることがある。放射線はとても感度よく測ることができるので、それを調べれば元の物質が何であったかがわかる」と中島教授。

 このやり方は微量元素の分析に用いることができ、化学的な手法ではわからないレベルの分析までできるという。2010年に小惑星探査機「はやぶさ」(初代)が小惑星「イトカワ」から持ち帰った微量の物質も、KURで分析され、組成の分布が確かに宇宙由来であるということが確かめられた。その結果をまとめた論文は世界的な科学雑誌『サイエンス』に掲載された。

 中性子を利用した日本の研究をリードし、輝かしい成果も出してきたKUR。しかし、維持が困難になってきたという。特に、これまで使用済みの燃料を米国に引き取ってもらっていたが、その期限が2026年5月に迫っているとのこと。その時期を超えた運転は非常に困難で、京都大学は廃止を決めた。

 今後、中性子を用いた研究や開発の基盤となる施設の整備が必要だと、中島さんは訴える。「一番大きな課題の行き先をどうするか、この議論が足りていない。これからしっかりとやっていかなくてはいけない」という認識も示していた。

 

■アルファ線を活用したがん治療薬

 医療の世界ではレントゲンをはじめ、放射線を用いた技術がさまざまに使われている。今、放射線のアルファ線を用いた画期的ながん治療薬が開発されているという。二つめの講演は、福島県立医科大学の城寶大輝さん(ふくしま国際医療科学センター/先端臨床研究センター)が登壇。放射線治療薬の研究開発について、現場サイドの観点から説明した。題目は「福島県立医科大学先端臨床研究センターの歩み -アスタチンと抗がん剤-」。

 まず、城寶さんは前立腺がんが全身に転移してしまった患者の体内の画像を提示。化学療法や外科的手術では回復しなかったが、アルファ線を出す質量数225のアクチニウムを用いた治療を2回実施したところ約5ヶ月でがん細胞が消えたという海外の事例を紹介した。「アルファ線薬剤を使った治療は今の治療の限界点を大きく越える可能性がある」と城寶さん。

 アルファ線の正体は陽子二つと中性子2の原子核。他の放射線と比べて大きく重たく、生体の組織内にある原子を電離しやすい。この特徴を活かして、がん細胞のDNAの2本鎖を切断して細胞死へとうまく誘導できれば、高い治療効果が期待できる。また、アルファ線の飛距離は短く、投与された薬から出るアルファ線は患者の体内から出にくいというメリットもある。「薬をがん細胞に集めることができれば、そこだけを攻撃できる」と城寶さん。

     福島県立医科大学 城寶大輝さん

 

 城寶さんらは今、がん細胞にアルファ線を放出する新たな薬を開発しようとしている。アルファ線を出す核種として選んだのは質量数211のアスタチン。半減期が7.2時間で、このことからさまざまなメリットが得られるという。例えば、投与した患者に健康面での問題が生じても、短時間で減衰するので対処がしやすくなるとのこと。また、サイクロトロンという加速器を使えば、安価なビスマス(質量数209)から製造できるようになるという。現在、ビスマスを原料とするアスタチンの製造法の改良を進めているとのこと。

 さらに、城寶さんは211のアスタチンを用いた治療薬「211At-MABG」の研究開発についても解説。これは「悪性褐色細胞腫」や「パラガングリオーマ」というがんに対する治療薬の候補であり、すでにヨウ素でベータ線をがん細胞に選択的に放出する薬剤(131I-MIBG)があるとのこと。城寶さんらは、化学構造をそのままにヨウ素をアスタチンに変え、ベータ線よりもエネルギーが高いアルファ線を出せる薬を創出しようとしている。

 開発にあたっては、いろいろと苦労があったという。例えば、アスタチンには安定同位体がないので、品質を保証するための確認試験が難しくなった。すぐに元素の形が変わってしまうので、本当に「211At-MABG」が合成できたかどうかを証明するには、参照できる安定同位体の「標準品」が必要となる。しかし、それを作ることができない。この問題に対して、城寶さんらは原子や分子をイオン化して質量を測定する「質量分析」という手法を用いることでクリアしたとのこと。

 そのほか、動物実験でもさまざまな問題があったが、国の審査機関に相談しながら、一つ一つ乗り越えていった。そして、非臨床実験を無事に終えて、現在は医師主導の治験にこぎ着けた。世界で初めて「211At-MABG」を人に投与するところまで進んだという。

 現在も、実用化に向けての研究開発が続けられている。講演後も、承認されるめどについての質問が出た。城寶さんは「わからない」と答えたうえで、印象として最速でも数年はかかるのではないかと語っていた。

 

■義務教育を見通した放射線教育

 この日は、中学校における意欲的な放射線教育も紹介された。発表者は、中学校の理科教諭の奈良 大さん(愛知教育大学附属名古屋中学校)「中学 3 年間の放射線教育の授業事例と放射線教育を行う上での問題点、要望・希望」と題して、自身の取り組みを説明した。

 奈良さんは、まず文部科学省が行った調査の結果(「放射線教育の実施状況調査の結果について」)を示しながら、小学校ではさまざまな教科で放射線を扱う教科が増えているが、中学校1年生になると減ってしまうことを指摘した。「小学校では発達段階に応じて放射線を取り扱う教科が増えていくのに、中学校に入ると少なくなってしまう。とてももったいない」と奈良さん。

 現在、中学校では放射線教育は2年生から始まる。奈良さんは他校の教諭からアイデアをもらい、学習指導要領の方針を踏まえながら中学校 1年生の理科で放射線を取り扱う授業計画を作成。「光の性質」の単元で、中学1年生に霧箱を作らせ、放射線の飛跡を観察。放射線の透過性や電離作用について教えたとのこと。この授業では、外部人材を積極的に活用することも意識し、中部原子力懇談会の協力も得て学習内容の充実を図ったという。 

          中学校理科教諭の奈良 大さん

 

 続いて、奈良さんは5社の理科の教科書における放射線の記述を提示。どの教科書も、観察や実験が取り組むべきものとして設定されていないという。このような状況もあって、例えば霧箱による放射線の飛跡の観察は関心をもってもらうことに注力しがちで、「仮説演繹的に考えていくような授業がしにくい」という。

 さらに、奈良さんは義務教育段階における放射線教育のゴールについても言及。学習指導要領には明記されていないが、日本学術会議が平成24 年に出した「高レベル放射性廃棄物の処分について(回答)」が参考になるのではないかと提案。そこには「高レベル放射性廃棄物の処分問題は、重要性と緊急性を多くの国民が認識する必要があり、長期的な取組みとして、学校教育の中で次世代を担う若者の間でも認識を高めて行く努力が求められる」と書かれているとのこと。

 また、北海道の二つの自治体が高レベル放射性廃棄物を処分するための文献調査を受け入れたというニュースも示し、「高レベル放射性廃棄物の地層処分について正しく理解し判断できるということを義務教育段階での放射線教育のゴールにしたいと思って取り組んできた」と語った。今後は、この問題を生徒が「自分ごと」として捉えて判断できる力も放射線の授業で養いたいとのこと。さらに、電気エネルギーとさまざまな発電方法を学ぶときに、福島の現役高校生とオンラインでつながり、福島の現状について語ってもらうことも考えているという。

 この発表に対して強い関心をもった聴衆が多かったようで、講演中から多くの質問や意見がオンラインで寄せられていた。その中で、放射性廃棄物の処分について教えることは市民教育にもつなげられるのではないかという意見もあった。これに対して、奈良さんは「小学校4年生の社会科でゴミについて学習するので、それと同じような形で放射性廃棄物の処分についても学べるのではないか。問題の背景を学ぶ必要はあるが、処理できていないものがすでに多くあり、その処分地が自分の地元に建設されるとなったらどうするか。それを生徒が考えていく授業をやっていきたい」と、新たな構想を語っていた。

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