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高校教育、看護師養成など幅広く話題提供(NPO法人放射線教育フォーラム主催:平成30年度第2回勉強会)

 

 NPO法人放射線教育フォーラムは、3月3日、「平成30年度第2回放射線教育フォーラム勉強会」を東京慈恵会医科大学アイソトープ実験研究施設で催した。高等学校の教育現場からの声や、看護師養成における放射線教育の課題、エネルギーリテラシーを高めるための研究、クルックス管の使い方に関するガイドラインの策定プロジェクトなど、幅広い話題が提供された。

       当日の会場風景

 

■原子の表し方が異なる化学と物理

 最初に登壇したのは、埼玉県にある立教新座中学校・高等学校の渡部智博教諭(理科・化学)。「化学の目で見た物理と放射線」と題して、同じ用語でも高等学校の化学と物理の間で生徒が混乱しやすいものについて紹介があった。

 多くの高校生にとって必須科目となる「化学基礎」と、選択科目となる「物理」では、どちらも同位体について学ぶが、「化学基礎」では電子を含めた図をイメージして理解し、「物理」では原子核の陽子と中性子のみをイメージして理解することが一般的。例えば、「化学基礎」で炭素14の半減期を利用した年代測定の原理を学んだ後に、一歩踏み込んで炭素14がβ線(電子)を放出して窒素14に変化することを、自ら学習する生徒もいるだろう。その際、炭素14のときは6個だった電子が、窒素14のときは原子核の周りに7個と放出された電子1個と、両者(炭素14と窒素14)で電子のバランスが合わないと気づく生徒も当然いると考えられる。

 渡部教諭は、さまざまな例をあげながら、「どちらかの教科だけを学んだ生徒は混乱したままとなる可能性がある」と指摘。「高等学校の理科では、化学と物理との違いに留意して指導しなくてはならない」と語り、その上で「原子をどのように表すかを考えることは、物理と化学の距離を縮め、それぞれの理解を深める手助けになる」と結んだ。

       渡部智博教諭

 

■患者の不安を取り除く看護職への放射線教育

 放射線医療に不安を感じる患者や家族をケアするべき看護職が、十分な放射線の知識を持てず、ときに患者や家族の不安を増長してしまうことも考えられる。この現状を、東京医療保健大学の酒井一夫教授が「看護職への放射線教育の現状」と題した講演で報告した。現在、看護職向けの研修に取り組んでいるとのこと。希望者に対して、放射線医療における看護職の役割をはじめ、医療被ばく・職業被ばく・公衆被ばくについての考え方や、移動型エックス線撮影装置に対する防護対策などを教えていくという。「核医学の部署に突然配置換えになって、不安を感じたまま職務にあたっていたが、この研修を受けて早速実践できる自信がついた」との感想を看護師から聞くことができ、酒井教授は「確かな手応えを感じた」と語った。現在、看護職に就く人は約170万人に達するという。日本の総人口の1.3%を占め、子育ての年齢層も多く、「放射線の正しい知識を学ぶことで、その利用への広い波及効果が期待できる」と、酒井教授はこの教育の可能性を強調した。

       酒井一夫教授

 

■知識と行動を結びつけるリテラシー教育をいかに作り上げるか

 エネルギーリテラシー研究所の秋津裕代表は、「エネルギーリテラシー研究報告 次世代のための効果的なエネルギー教育をめざして」と題した講演を行った。エネルギーリテラシーとは単に知識を指すのではなく、エネルギー問題が広範な分野と繋がりをもち、社会や経済発展の関係の中で成り立っていることを理解し、この課題に対し関心や目的をもって発信、決断、行動へと結びつけていく能力として、社会構成員の基礎として教育によって育まれる公共的な教養と言及した。日本の中学生に対する調査では、「エネルギー問題に関する知識量は、必ずしもエネルギーリテラシー全体に影響しているとは限らない」と指摘。エネルギーリテラシーの向上には、明確な役割付けや努力への評価、新たな価値観が醸成できるような教育を積み重ねることが肝要であると語った。

 また、秋津代表は、知識が省エネ行動など具体的なアクションに結びつくエネルギーリテラシーの構造を明らかにするために、日本とタイで調査を実施。その結果を分析すると、知識と省エネ行動は、将来への危機感によって行動に対する態度がより強く予測されることがわかったという。日本でのエネルギー教育は、できるだけ早い時期から実施し、エネルギー関連施設の見学や家庭の参加や協力を得てともに価値観を醸成していくこと、問題の解決には一人ひとりの貢献が大切であることを認識させるような学習内容が求められると説明した。

       秋津裕代表

 

■「クルックス管プロジェクト」の現状と課題

 大阪府立大学の秋吉優史准教授が、2017年に開始した活動「クルックス管プロジェクト」の現状と課題について報告した。2021年度に中学校の新学習指導要領が全面実施されると、クルックス管を用いた実験は、各学校でさらに実施されるようになるだろう。その際に不注意に取り扱えば、「多くの線量の放射線が漏れ出す危険性もある」という。調査の結果、ほとんどの学校では、X線がほとんどでない低電圧駆動のクルックス管を新たに購入するのではなく、学校に現存するクルックス管を使うことにしているとのこと。よって実験を行う際の安全評価が早急に必要だとした。

 秋吉准教授はさまざまな調査や取り組みを踏まえて、暫定の「クルックス管安全取扱のガイドライン」をとりまとめて提示。クルックス管を使うときは誘電コイルの放電出力を電子線の観察ができる範囲で最低に設定することや、安全装置の役割を持つ放電極を必ず取り付けて隙間を20mm以下にすること、生徒までの距離は1m以上にすること、演示時間は10分程度に抑えることなどを盛り込む方針を伝えた。

 「このガイドラインに書かれたことを守ってもらえれば、“基本的に”大丈夫だろう。今後は、この“基本的に”をなくすために、全国の中学校の先生たちにガラスバッチを配って、実際に測定を行うことで、いかなる場合であっても必ず安全が確保できるような指針を示したい」と、教育現場に協力を求めた。

       秋吉優史准教授

 

■実験で生徒に実際に見せたい ― 安全性をいかに確保するか

 秋吉准教授の講演が終わると、活発な質疑応答や意見交換が行われた。会場の参加者からは、例えば、理科室の隣にある準備室でクルックス管を用いた実験をして、その様子をビデオカメラで撮影し、理科室のモニターでライブ放映をすればいいのではないかという意見が出た。

 会場にいた中学校の理科教諭の一人は、「ビデオでも学ぶことはできると思うが、ビデオで見たときのインパクトと、実際に見たときのインパクトは大きく違う。音もダイレクトで聞くことで印象が強く残る。クルックス管を目の前で使って、実際に見せることが有効だと思う」と述べた。

 別の理科教諭は、「生徒が安全に学べることが最優先となる。私たち理科教諭たちが放射線について正しく理解し、生徒や保護者、地域の方、理科以外の先生たちにきちんと説明することも問われている」と語り、放射線防護の専門家に協力を求めた。

秋吉准教授は「このような議論を広く推し進めて、わかりやすくてみんなが納得できるガイドラインを作りたい」と、発言者たちの思いを受け止めていた。

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