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クルックス管を用いた実験授業、意義や課題を話し合う(NPO法人放射線教育フォーラム主催:平成29年度第2回勉強会)

 

 2017年3月に公表された中学校の新しい学習指導要領中で、理科では「電流とその利用」の単元において、「真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること」が明記された。これを受けて、放射線教育のあり方を考えるNPO法人の放射線教育フォーラムは2018年3月4日、東京慈恵会医科大学アイソトープ実験研究施設で「平成29年度放射線教育フォーラム第2回勉強会」を開催し、理科「電流とその利用」の単元の授業で、クルックス管を用いることの意義や課題を検討した。4人の登壇者がさまざまな視点で話題を提供し、最後に会場の参加者とともに議論した。

 

■科学的な理解に基づく社会的な判断力を

 新しい学習指導要領で、放射線は中学校でどのように教えられるようになるのか。全国中学校理科教育研究会支援センターの高畠勇二氏は、新旧の学習指導要領を解説しながら、学校の現場で予想される変化や課題を具体的に示した。中学校の理科教諭だった経験を踏まえ、自身が現行の学習指導要領で立てていた授業計画も提示。実際に教えたときの生徒の反応を伝えながら、放射線授業を受けた生徒の感想をまとめた資料も提供して、生徒が自ら科学的な理解に基づいて社会的な判断ができる力を身に付けさせることが大事だと語った。また、新しい学習指導要領における理科の課題の一つとして、クルックス管を用いた放電の実験で放射線の被ばくの心配があることや、その心配から教諭たちの間で実験を避ける傾向が生じる可能性を指摘した。

 

■クルックス管を通して語る面白い科学史

 クルックス管の発明があったからこそ、レントゲンはエックス線を発見できた。この科学の歴史について、名古屋大学名誉教授の森千鶴夫氏は、真空放電管の歴史をひもときながら、エックス線の発見までの経緯を紹介。レントゲンがエックス線を発見した当時、他の複数の研究者も同様に発見できる状況であり、レントゲンが発見後に急いで発表したという興味深いエピソードを語った。

 会場の参加者も楽しそうに耳を傾けていた。森氏は、クルックス管から漏えいするエックス線を、多くの学校にある実験器具の箔(はく)検電器を用いると測定できることも解説。自分が試した実験の様子を紹介し、参加者は多くの学校で活用しやすいような工夫を聞くことができた。

 

写真① クルックス管の科学史を語る森千鶴夫氏。聴衆はその興味深い内容に引き込まれていた。

 

■古いクルックス管からエックス線が漏えい

 教育現場にある古い冷陰極型クルックス管でエックス線を発生させると、管から大量に漏えいすることがある。この事実を再現性の高い実験で確かめた福岡教育大学教育学部の

宇藤茂憲教授は、クルックス管など冷陰極管からエックス線が漏えいしている様子を動画で紹介しながら、この現象を詳細に報告。動画の中でサーベイメーターの数値が高くなると、会場から驚きの声があがった。

 また、近隣の中学校にあるクルックス管を調べると、使用頻度や保管状況によってエックス線が大量に漏えいする事例があったことを受けて、宇藤教授は、劣化してエックス線が漏えいするようになったクルックス管を改善する試みにも挑戦。教育現場の教諭の立場に立って、有効な方法や対策を端的にわかりやすく説明していた。

 

■タイプによって違い、安全に使う工夫を

 クルックス管からエックス線の大量漏えいの恐れがあると、教諭たちが実験を避けるようになってしまうかもしれない。大阪府立大学放射線研究センターの秋吉優史准教授は、教育現場で安全にクルックス管を用いられる工夫や仕組みをすることで、前向きに実験ができるような体制づくりが大切だと語った。その話の中で、高電圧を用いる冷陰極管タイプのクルックス管ではなく、陰極を熱して電子を飛び立たせる熱陰極管タイプのクルックス管ならエックス線を発生させないと紹介。また、低電圧で作動する冷陰極クルックス管も、漏えいエックス線をなくしたり、とても少なくできると解説した。

 冷陰極管は、原理上、エックス線が発生する。古いものであれば多く漏れてしまうこともあるために、教諭や生徒は身を守る必要がある。秋吉准教授は、教育現場などにおいて、低エネルギーエックス線を対象とした放射線安全管理体制の必要性を説き、その確立を目指す研究プロジェクトを立ち上げたと伝えた。放射線の安全管理のガイドラインを策定するにあたっては、規制ではなく、安心して教育的な実験ができることを目的にすることの大切さや、放射線教育に取り組む者たちの相互ネットワーク形成が重要であると語った。

 

写真② 低電圧(5 kV)で作動する冷陰極クルックス管と電源装置。秋吉准教授によれば、エックス線の漏えいは確認できなかった。

 

■ガイドライン策定や教え方の研修を―教諭ら不安に答えて

 

 勉強会の最後に総合討論が開かれ、4人の講演者が再び登壇し、会場の参加者たちと話し合った。例えば、中学校で理科を教えるベテラン教諭の一人は、若い教諭の中に、クルックス管で放射線を学んだ経験がないため、「どう教えていいか、わからない」と不安を覚えている先生が少なくないと、現場の実情を語った。この報告に対して、壇上の高畠氏は、教具としてのクルックス管が復活するのは、電流の正体を教えるためであるという点を改めて確認。「授業では、電流についての理解を促すためにクルックス管を使った実験をして、そのときに『エックス線も発生しているね』と発展させていくような話の流れが大事だ」と伝えた。

 

写真③ 登壇者たちと会場の参加者とのディスカッション。会場からは中学校の教諭ら現場の声が多く上がった。

 

 クルックス管が持つ科学史の面白さを授業で生徒たちに伝えてはどうか、という声も会場からあがった。森氏は、レントゲンのエックス線発見までの物語を紹介してから、クルックス管などを使った実験をすると、科学の面白さをより感じられるのではないかと助言していた。

 また、会場の教育委員会の関係者は、中学校の先生がクルックス管に不安を覚えたら、実験や演示を避けるようになるかもしれないという懸念を示した。「安全性に関わるガイドラインを明確に出すことは重要で、それがあれば教育委員会などで研修会が開かれるようになると思う」と語った。

 壇上の宇藤氏は、「教育を受けるために放射線を被ばくしなくてはならないということはあってはならない」と主張。クルックス管などの教具には、「これを正しく使えば被ばくしません」というような安全宣言が必要ではないかと語った。ガイドラインの策定を目指す秋吉氏も、授業中の被ばく線量の考え方が最も大きなポイントになるという認識を示した。そして、学校の教諭らとの深い議論をしていくことが今後も重要だと強調した。

 

【欄外・ミニ解説】

「クルックス管」とは

 電子の流れ(電流)を調べられる実験装置で、真空放電管の一種。マイナス極(陰極)から明るい線(陰極線)が出るのを確認でき、さらに電場をかけたり、磁場をかけたりすることで、その陰極線が電子の流れであることがわかる。19世紀後半にイギリスの物理学者ウィリアム・クルックスが発明。19世紀の終わり、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンは、このクルックス管を用いた実験をしているときに、謎の見えない放射光があることを発見し、未知数を表す「X」から「エックス線」と名付けた。

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