福島県田村郡三春町立三春中学校は2016年12月19日、1年生の総合的な学習の時間と3年生の理科の時間を組み合わせた合同による放射線に関する公開授業を行った。
■三春中学校
三春中学校の全景(同校提供)
東日本大震災から2年後の2013年4月に、旧三春中学校、桜中学校、沢石中学校、要田中学校の4校が統合して、町のスポーツ施設などが整備されている地域に開校した。
震災から6年弱、学校の再開をはじめ屋外での活動制限、給食食材への対応、校庭の表土除去、通学路の除染など、原発事故に伴う放射線への対応がさまざま続いた。生徒数351名、避難者生活をしている生徒も在籍する。(2016年12月現在)
2015年度から放射線教育の実践協力校。また、被災地で指摘された運動不足による肥満の解消に、食育を通した生活習慣の改善などをテーマに文部科学省の「スーパー食育スクール」の教育研究を実践。教科別に教室が整っている中学校だが、一つの教科学習にとどまらずに教科などを横断したクロスカリキュラムを取り入れているほか、子ども同士が聴き合い、学び合う関係を重視した能動的、協同的な学びに取り組んでいる。
佐藤祐也校長(2016年12月、ロビーには統合前の中学校の校旗が並ぶ)。
右は、「三春の滝桜」で有名な町にふさわしく、三枚の桜の花弁を縦に切ったデザインで、科学する心も表した校章。
■1年生が3年生に「伝える」公開授業
中学1年生:総合的な学習の時間(原発事故から5年、福島や三春の現状を発信しよう!)
授業者 二瓶駿介先生(1年担任:理科)、坂本晴生先生(2年担当:理科)、佐藤知巨先生(1年主任:国語)
中学3年生:理科の時間(科学技術と人間、放射線の性質と利用)
授業者 新田勇雄先生(3年担任:理科)
公開授業を見学する。1年生が放射線について、その日までに調べ、学習した内容を3年生に対して発表するユニークな形式。1年生の総合的な学習の時間と3年生の理科(科学技術と人間、放射線の性質と利用)の合同授業だ。図書室の広いスペースで、生徒たちは複数のグループに分かれて、1年生がまとめたポスターを用いて発表した。
発表内容は、放射線の基礎的な理解から応用的な利用方法、さらに福島の現状と将来のことに及んだ。3年生はこれまで放射線に特化した学習をしていないため、初めて知ったことも多かったが、1年生の発表に対して質問や、より分かりやすく伝えるためのアドバイスやコメントもした。
発表した1年生は「放射線は紙で遮れるものや、鉄でも遮れないものもある。α線は紙で、β線は金属の板で、γ線と中性子線は水やコンクリートで防ぐことができます」と説明。それに対して3年生は「表があったほうが分かりやすい」、「線源の種類によって半減期が違うことも触れたほうがいい」と見せ方や説明に意見を述べた。
「放射線はCT、X線など身の周りで使われていることを知った。不安しかなかったが、学んで安心できた」「地震などが多い日本で原発を使うべきではない。不足分は再生可能エネルギーなども活用して補えば原発はいらない」と1年生は自分の意見を述べた。これに対して3年生は、「日本にある原発の数や発電量などの情報も示したほうがよい」「エネルギーについて自分の意見を述べたのはよいと思う」と励ました。
■「もっと調べ、県外に伝えたい」と生徒たち
授業を終えて、1年生は「どうやって伝えたら良いか、大変だったけれど、図や絵などを使い、分かりやすく発表できた。知らなかったことも分かってよかった。もっと知らない人に本当のことを伝えたい」と、また3年生は「ひとつひとつ、調べていて分かりやすかった。自分も福島の出来事を伝えたいと思った」と話した。
食品への風評被害など身近な問題を通して、自らが調べ、考えた学習の発表だけに、大人の心にも残るしっかりした感想を述べていた生徒もいた。
一人は「原発の事故で野菜や米などの福島県産の食べ物は処分されたり、私たちには何かよくわからない検査をされたりと、まだ小学校1年生だった私には恐怖と不安しかありませんでした。ですが、今回の学習を通じて学ぶことで恐怖と不安はなくなりました。いま、除染活動のおかげで徐々に昔の様な生活ができるようになってきています。放射線についてよく知らない人に知ってもらい、一人でも多くの人の不安がなくなればよいなと思います」と発表。
また、別の生徒は「放射線のことは後回しにしてはいけないし、向き合っていかないといけないと思う。福島にはおいしい食べ物もあるし、美しい自然もある。放射線のことを全国の人に知っていただき、多くのお客さんが来るような素敵な県に福島をしていきたいと思います」と述べた。
■「大きな狙いで、『学び方』を学ぶ大事さ」
2年目の実践協力校、担当の坂本教諭
公開授業終了後の全体会議では、放射線教育の実践協力校として2年目になる三春中学校での取り組みの特徴について、担当の坂本晴生先生(理科)が「生徒も教師も無理なく展開できる指導体制と作法を模索した結果、特定の教師への負担過重を防ぎ、より多くの教科で、放射線を通して『学び方を学ぶ』ことを目指した」と力説した。
教師が見守る公開授業。左が坂本晴生先生。
昨年度は1年生に対して、理科3時間、保健体育2時間で学び、そのうえで総合的な学習の時間(4時間)で発表した。「1年生だけに実施した取り組みではもったいない。さらに多くの教科での取り組みが必要で、福島県環境創造センター(三春町)が近くにあるので連携した」という。
今年度は理科、保健体育に加えて、社会科(1時間)で三春町の職員から町内で進められている除染作業について学んだ。2、3年生は学級活動2時間で環境創造センターを見学した。1年生は総合的な学習の時間(4時間)の最後の1時間に発表し、3年生は理科(1時間)を先取りした時間として1年生の発表を聞いた。
「目標は、放射線に対する正しい知識と科学的な根拠に基づいた判断力を身に付けさせること。究極のところは放射線で終わるのではなくて、これから分からない事象が出てきたときに、自分でどういう手段で調べるか、たとえば文献で調べたり、人の話を聞いたり、webで調べたり……。ただwebは玉石混淆のなかで価値判断をする。その調べ方を身に付けることが、究極の学習ではないでしょうか。福島県出身者として将来、心ない扱いを受けた際、心が折れないだけの知識、反論できる力を身に付ける」と坂本先生。
「生き方」や「将来の仕事」を視野に入れた放射線教育を目指しており、「廃炉や復興にあと40年もかかるとみられるなかで、正しい知識だけでなく、生き方を深く考えさせて、こうした復興を担う人材を育成する意義がある」とする。同じ学校の教員にも「放射線教育の目標を大きなものに向ければ、結果として、他の教員と共有でき、長期的、組織的な取り組みにもなり、特定の教員の負担にならないようになる」と話す。
図書室ではさまざまな資料を用意し、生徒が調べて準備できるようにした。
■「子供たちが学び合う学校づくりを目指し」
=佐藤祐也校長先生に聞く=
授業を振り返って、1年生が3年生に「伝え」たり、さまざまな教科に関連させて放射線教育を進めたりしている三春中学校の教育について、佐藤祐也校長(2016年12月当時)に話をお聞きした。
――1年生が3年生に発表するという形式は珍しいですね。
佐藤祐也校長 本校では先生が教えるのではなく、子供同士が学び合う場面を授業の中に多く取り入れ、学校全体で『学びの共同体』を組織していきたいと思っています。つまり主体的、対話的な深い学びです。先生の質問に子供たちが答えて授業を進めていく、いわゆる一斉授業の中では、本当に子供たちがお互いに考え方を摺り合わせたり、つないでいく学習ができない気がします。一斉授業では、どうしても教師が多くをしゃべってしまいがちになります。それで子供達が学べていると思うのは教師の自己満足です。だから今日は、先生方には極力しゃべらないようにお願いしました。
――3年生が1年生に「なぜ半減期の違いがあるの?」といった深い質問も出ていましたね。
佐藤校長 生徒一人ひとりは違いますから学力差があります。ですが、どの子も持っている考える力や探求する力の差は、学力差よりも遥かに少ないものです。先生方には、「子供達の、感じたり考えたりする力や、疑問に思ったら探求していく力を鍛えましょう。その繰り返しによって知識が身に付いていくのではないか。そういう学びを本校ではしていきたい」といつも言っています。その一端が今日の学習になっていたと思います。
生徒達の個性ある作品が多く展示されている教室やオープンスペースを紹介する佐藤祐也校長(2016年12月19日)。
――「学び合う学校」「伝え合う学校」ということですか。
佐藤校長 多くの授業でグループ活動を多く行っています。学び合いによって、互いにきちんと相手に伝わるように説明しなくてはならない。そしてそれが友達のためになっていきます。子供同士の支え合いは、教師がほめるよりも、自己肯定感を得ることができると思うのです。
先ほどの「学びの共同体」に関係するのですが、大事なのは教師が与える課題の質の高さです。教師の与える課題が、すぐ分かってしまうような課題でなく、たとえばできる子でも「なんだ、これ?」って思うような課題は1人では解決できない。いろいろな人が集まって課題を解決していく。考えを出し合っていく、それが学び合いだと思うのです。「どうしたらいいんだろ、これ」っていう状況をつくってやればいいわけです。それにはやはり、友達と協同的な学びをしていく、一緒にやっていくことがいい、お互いの考えを寄せ合う、出し合って考えを摺り合わせていく状況をつくっていくのが、教師の役目だと思うわけです。1人ではできないからこそ、そこには人間関係の形成能力とか、合意形成能力とかがついてくるのです。
――学び合いを放射線教育で行っているのですね。
佐藤校長 自分たちで伝え合うことによって、そこで考える力をつける。その考える力というのは、将来、大人になって新たな困難が起きたときの考える力でも、そしてそのプロセスを学ばせるため、今回の教材が放射線だったということです。だから、放射線が教材になる教科って何かという視点からいうと、「まず理科は必要。安全ならば保健体育、そして、総合の時間で発表させよう。考えてみれば除染は社会科に関わりがあるよね」っということで今年、社会科を追加しました。
――さまざまな教科につなげていく。ところで三春中学校は教科別の教室で教えるのですね。
佐藤校長 大学と同じような教科教室の学校なので、先生方が教科の枠組みを外すのは大変ですが、教科が横断的につながっていく教育がチームワークを生んだり、何か新しいものを生んだりするのに、とても大事なことだと思います。もちろん「放射線教育」という教科、あるいは「食育」という教科はありません。ですから結局、各教科とコラボしながらやっていかなくてはならない。「放射線教育をやりましょう」って誰かが提案したとしても、それぞれの教科から迫っていかないと、いい加減な教育活動になってしまうので、教科があって教科の専門性を出しながら、互いに近寄っていくことが大事だと思うのです。
震災後の生活改善を目標とした「食育」にも力を入れている。
――放射線教育を子どもたちの将来の仕事選びとつなげていましたね。
佐藤校長 「仕事選び」というよりは「キャリア教育」と言えると思いますが、自分は何に向いているのか、たとえば今日の授業でも、人に話をするのがうれしいと思えば、そういう仕事に自分は向いているかなと生徒が気づけただけでいいと思うのです。今日のまとめを構造的に分かりやすくまとめたと自分で思えば、それは書く仕事が自分には向いているかと気づくとか。先行きが見えない社会なので「こういう仕事だ!」って決めるわけではなく、自分はこっちの方が向いているかな、その延長線上に何か職業がちょっと見えてくればいいのかなと思います。挫折してしまったときに、修復する力も必要だと思っています。
――放射線教育の深い考え方をお教えいただき、ありがとうございました。
Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団