2024年12月27日、東京都千代田区の科学技術館で「2024年度放射線教育発表会」(主催:日本科学技術振興財団)が開催された。朝から夕方までの長時間にわたり、約200人の関係者が参加。招待された高校生たちも加わり、開会から閉会まで会場内は熱気にあふれていた。
開催の目的は、放射線に関する正確な知識・技能の普及啓発や学校などでの放射線教育の普及。当日は、「2024年度放射線教材コンテスト」および「2024年度放射線授業事例コンテスト」の受賞作品の発表に加え福島県と東京都の教員によるパネルディスカッションも行われた。
東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故から14年がたとうとしている今、それらの記憶のほとんどない子どもたちに放射線をいかに教え伝えていくかという教育的な試みや工夫が多くの受賞作品の発表や議論の中で見られた。
■放射線教育の関係者が集まる年1回のイベント
放射線教育に取り組む日本全国の関係者が毎年集い、情報交換と研修機会の場となっている放射線教育発表会は、今回で7回目の開催となった。
当日は午前中に、今年度実施された放射線教材コンテストと放射線授業事例コンテストの表彰式が行われた。続く午後からは、2部構成で、第1部では二つのコンテストの受賞者が自身が開発した放射線教材や放射線授業事例についてブースごとに演示が、第2部では福島県の教員と東京都の教員によるパネルディスカッションが開かれた。
【2024年度放射線教育発表会】
放射線教材コンテストは、大学などで放射線を学ぶ学生に対して、小学生や中学生、高校生が放射線を学ぶときに活用できる教材を広く募集し、優秀作品を表彰するという企画で、個人または数名のチームで挑むことができる。応募にあたっては、学校の教育現場で利用することを念頭に、1回あたり10分程度のブース実演ができることが条件となっており、今年度の応募作品は213件(応募校16校)で、この中から最優秀賞2件、優秀賞8件、特別賞6件が選ばれた。
実演風景
一方の放射線授業事例コンテストは、小・中・高等学校の教育関係者を対象として、放射線教育を検討している教員の参考となる放射線授業事例を広く募集した。この企画は、小学校や中学校、高等学校の学習指導要領に「放射線に関する教育」が取り上げられたことを踏まえ、応募作品には企画や実践事例、教材・教具の開発、学習指導案などが含まれており、今年度は188作品の応募の中から最優秀賞の該当作品はなかったが、優秀賞2件、入選9件、特別賞6件が選ばれた。
実演風景
第2部のパネルディスカッションでは、福島県での放射線教育の現状や放射線授業の経年変化などを福島県の教員が説明し、そのあとに福島県の教員と東京都の教員による意見交換が行われた。
【パネルディスカッション】
■ゲームで楽しく学べる教材が最優秀賞に
今回、放射線教材コンテストでは2作品が最優秀賞に選ばれた。一つは駒澤大学の伊坂向日葵さんらが作成した『放射線宝探しゲーム 』。もう一つは京都医療科学大学の山下泰大さんらが作成した『「ラジトレ」で楽しく放射線と医療の知識を身につけよう!』。どちらもゲーム性の高い教材で、プレーヤーが夢中になって遊ぶうちに放射線の知識を自然に身につけられる工夫が随所に凝らされていた。
最優秀賞『放射線宝探しゲーム』駒澤大学
駒澤大学で診療放射線技師を目指している学生たちが作成した『放射線宝探しゲーム』は、中学生が対象でチーム対戦型が特徴のゲームになっていて、一方のチームが六角形のフィールドに宝物と放射線の遮へい物を隠し、もう一方のチームはフィールドの1辺から放射線を照射するという設定で宝物の場所を探り出していくというもの。
工夫したのは、照射する放射線をアルファ線やベータ線、中性子線、エックス線と使い分けることができ、また遮へい物も紙や鉛、アルミ、水,鉄,コンクリートなどさまざまな物質を使えるようにしたところとのこと。ゲームに勝利しようとするうちに放射線の知識が身につく仕組みがうまく出来上がっていた。
「宝探し」というゲーム仕立てにした理由については、「正しい知識を簡単に学ぶにはゲーム形式が良いと思ったから」とのことで、「宝探しで放射線を使うという形にすれば良いイメージになると思った」と語っていた。
ネガティブに思われやすい放射線のイメージを少しでも良くしようという学生たちの思いが込められた教材だった。
最優秀賞、全国中学校理科教育研究会特別賞、
NPO法人放射線教育フォーラム特別賞、
日本科学技術振興財団理事長賞(特別賞)
『「ラジトレ」で楽しく放射線と医療の知識を身につけよう!』京都医療科学大学
もう一つの最優秀賞に選ばれた京都医療科学大学の学生たちが開発した『「ラジトレ」で楽しく放射線と医療の知識を身につけよう!』も、対象が中学生のゲーム形式の教材だった。こちらはカードを使ったタイプで、シンプルなルールが特徴としてあげられる。また、カードを出し合うだけでなく、全員で〇や✕のジェスチャーで回答する場面もあるなど、プレーヤーたちがさまざまなアクションやコミュニケーションを通して盛り上がるように巧みに設計されていた。
開発の経緯については、事前に玩具専門店などに行って今の子どもたちに人気の遊びを調査することから始め、開発中は試行錯誤を重ね改良を加えては第三者によるテストプレーを繰り返したとのこと。
実際に中学校を訪問して約120人の3年生にプレーしてもらい、その様子やアンケート結果を見て改善を図ったとも語っていた。身を乗り出して楽しむ中学生を見て自分たちの大きな自信になったことや「放射線について広く多くの人に正しく理解してほしいという思いから、何度も改良を重ねた。その結果、最高の賞をいただけた。」と受賞の喜びを語っていた。
放射線教材コンテスト審査委員長の鈴木崇彦さん(帝京大学客員教授)は、今回の受賞作品について「総じてレベルが高かった」と評価。中でも、最優秀賞を受賞した2作品については、すべての審査員がその教育効果の高さを認め、「これなら教育現場で教材として使ってもらえるのではないかと期待をもてた」と評していた。
■理科の枠組みを超えた授業が優秀賞に
教育関係者が対象の放射線事業事例コンテストでは、2件が優秀賞に選ばれた。
一つは、福岡県朝倉市立甘木中学校の高野省吾さんが中学2年生を対象に実践した授業事例(「放射線を可視化して 科学的・ 道徳的に探究する指導展開」)だった。
高野さんは、放射線を可視化する実験法や独自に開発した教具などを使った理科の授業を構築し、さらに、道徳科の授業とも連携して放射線の使い方によっては社会を豊かにする正の側面と間違った理解で人の心を傷つける負の側面が生じることを生徒にとらえさせるなどして、獲得した放射線の学びを自らの人生に生かし続けることを求める授業を作り上げた。
優秀賞『「放射線」を通して「福島」について考える授業』 佐藤 拓也さん(福島県相馬市立向陽中学校)
もう一件は、福島県の相馬市立向陽中学校の佐藤拓也さんが実際に取り組んだ授業事例(「放射線を通して福島について考える授業」)。
2023年8月に始まった福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出をきっかけに広まった地元漁業への不安の払拭(ふっしょく)が、この授業案の構想のきっかけだったという。総合的な学習の時間などで地元の鮮魚店の方と一緒に取り組んだ調理実習や職場体験などの活動と理科の授業をつなげ、トリチウム水や原発、エネルギー問題、風評被害など、放射線にかかわる科学的側面や技術的側面、社会的側面を幅広く学べるように授業を展開した。
佐藤さんは、他の学習活動と結び付けた理科の授業をしたねらいについて、「どうしても科学や技術は生徒にとって人ごとになりやすいが、社会や生活につながってくると『自分事』になっていく。いかに子どもたちに自分事として放射線の知識を染みこませていくか。そこが大事だ」と語っていた。
生徒たちのアンケートには「みんなに理解してもらいたい」「よく理解できた」「ネットなどで間違った情報などを言っている人たちを見かける」「福島の魚を食べてほしい」という感想が見られたとのことだった。
■パネルディスカッション――福島県での放射線教育に学ぶ
コンテスト発表の第1部が終わると、第2部として福島県と東京都で放射線教育に取り組む6人の教育関係者によるパネルディスカッションが開かれた。テーマは「福島県での放射線教育に学ぶ」。司会は、秀明大学学校教師学部教授の清原洋一さんが務めた。
最初に福島県の3人の教育関係者から話題提供があった。
まず、福島県教育庁義務教育課で指導主事を務める本多正典さんは、福島県での放射線教育の現状について報告。その中で、今の小学生や中学生が東日本大震災をほとんど記憶しておらず、放射線について学ぶ必要性が見えづらい現実について触れ、「児童や生徒が放射線に関する知識をどれぐらいもっているか把握する取り組みを考えていかなければならない」という考えを示した。
福島市立松陵中学校の阿部洋己さんは、校長を務める中学校で実施しているさまざまな取り組みを紹介した。新たな試みとして、約260人の生徒と保護者が参加した避難訓練を実施。福島第一原子力発電所の事故を想定し、放射性物質への対応として放射線の性質や外部被ばく低減の3原則、安定ヨウ素剤などを学ぶ放射線教育と絡ませたという。阿部さんは「生徒たちが主体的に学べる新たなやり方に挑戦している」と語っていた。
放射線授業事例コンテストで受賞した相馬市立向陽中学校の佐藤さんも登壇。実際に取り組んだ理科にとどまらない放射線教育を紹介した。「教科書に書いてある知識だけではなく、いろいろな現場の生の声を子どもたちに直接届けることが、主体的な関心を高める一番の方法ではないか」と語っていた。
■意見交換
テーマ 震災や福島第一原子力発電所の事故を『自分事』にするには
福島県の教育関係者からの発表が終わると、東京都の中学校の校長や教員を交えて会場の参加者を含めた意見交換が行われた。
放射線教育を通して子どもたちに郷土を誇りに思う気持ちを育むようにするにはどうすればいいのか、あるいは、東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故から14年が過ぎようとしている今、どのようにしたら生徒たちにあのときの災害を「自分事」としてとらえることができるようになるのか、さらに、教科の壁を越えた放射線教育を実践するにはどうすればいいのかなどについての意見が交わされた。
東京都杉並区立富士見丘中学校の中島誠一さんは、東京にいる生徒の多くも東日本大震災や原子力発電所の事故のことをほとんど知らないという現状を伝えつつ、「私が当時の話をしても、生徒たちは『そうだったんだ』で終わってしまう。いかに『自分事』としてとらえることができる授業をしていけるのかと悩むことがある」と吐露した。
東京都江戸川区立瑞江中学校で校長を務める薦田敏さんも、今の東京の中学生たちは東日本大震災で何が起きたのか、そのときの人たちがどのような心情だったのかをほとんど知らないと指摘。「ただ、保護者に当時の様子を尋ねれば、母親のおなかの中にいた子どもや生まれたばかりの子どもを抱えてどうしたのかという緊迫した話を生徒たちが聞けるのではないか」というアイデアを出した。
また、東京学芸大学附属世田谷中学校の髙田太樹さんは「中学校であれば地元の方や卒業生に当時のことを語ってもらうことができるのではないか」と発言。放射線について知らなかったために生じてしまった行動や、逆に知っていたからこそ可能になった行動について伝えてもらうことで、「そこから生徒たちが課題を見出すことから始める理科の授業を作ることができるかもしれない」と、新たな授業の可能性に言及した。
このような議論の中で、福島市立松稜中学校の阿部さんは先に紹介した避難訓練が有効であることを改めて強調した。「子どもたちは災害が起きたときに取るべき避難行動に主体的にリアリティーをもって取り組める」と阿部校長。さらに、「避難訓練を計画している教員たちから『これは保健体育で教えてもらってはどうか』、『これは社会科の授業で取り上げられないか』など、さまざまな教科で連携して教えようという声が出てきた」と語り、必然的に教科横断の取り組みが始まったことも報告していた。
最後、進行役を務めた清原さんは、次の世界を築く子どもたちを育てるには自分で課題を見つけることが「大きな鍵になる」と指摘。問題解決型学習や探究型学習を進める上でも「出発点はやはり自分事の疑問であり、放射線教育においてもそうしたきっかけを子どもからいかに引き出せるかが重要だ」と締めくくった。
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