放射線教育を実践する関係者が集まり、さまざまな知見やノウハウを共有する「放射線教育関係者意見交換会」が2024年12月15日に開かれました。
主催:「みんなのくらしと放射線」知識普及実行委員会
場所:大阪公立大学中百舌鳥キャンパス
オンラインでも参加できるハイブリッド形式で開催され、実践事例や教育支援について発表があったほか、登壇者と会場の参加者を交えた熱心な対話も行われました。
■実験や見せ方のアイデアと話の流れで興味を引きだす
岡田往子さん(内閣府原子力委員会委員/東京都市大学理工学部客員教授)は、子どもたちがもっと早い段階で物理に馴染んでほしいという思いから、30年以上にわたって放射線教育に取り組んできました。また、2011年の東日本大震災で福島第一原子力発電所事故が起きてからは、放射線の知識を普及させるために福島県でも数多くの講義を開いてきました。
今回の会合では、「一歩目は『放射線』という言葉」と題して、長年の経験を踏まえながら放射線を教えるときのポイントの説明がありました。
岡田さんは、常に「どのように伝えたら放射線を理解してもらえるのか」を考え、子どもたちの興味や関心を引きだすアイデアをいろいろと試してきたとのことでした。この放射線教室では、まず子どもたちの好奇心を呼び起こし、放射線の知識を伝え、最後に最先端の話をするなど、授業全体を貫く「ストーリーが大切」であり、これらの放射線教育の取り組みを通して岡田さんが子どもたちに知ってもらいたい次の三つを掲げていました。
【知ってもらいたい三つのこと】
1.「放射線」という言葉
2.「放射線はどこにでも存在する」という事実
3.「たくさんあると怖いけど、少しなら大丈夫」という量的な理解
芹沢小学校の放射線教育の取り組み
岡田さんが協力した福島県田村市芦沢小学校では、教科を横断して放射線を広く学ぶ取り組みとして、総合的な学習の時間では福島第一原子力発電所事故を学び、社会科見学では食品の放射線測定の現場を見学し、理科では実際に稲を育て、国語では学んだことを劇にして保護者や近隣の方たちに披露したとのことでした。
「子どもも大人もとても深く理解できて、これはよくできた授業だなと思いました」と振り返っていた岡田さんは、放射線がもつ学びの可能性の広さを改めて強調していました。
■放射線を社会的な課題に関連付けて学ぶ教育的な意義
東京都の世田谷区立千歳中学校の青木久美子さんは、東京都内に勤務する中学校と高等学校の教員たちが立ち上げた研究会「エネルギー環境教育を推進する会(ESK)」を主催。 その活動の一環として中学校理科の3年間で段階的に放射線を学ぶ指導計画を作成し実践しています。
今回は、「教材として様々な見方から『放射線』を取り上げてみよう」と題して、いろいろな教科で放射線を教えることが可能であることについての紹介がありました。
学習指導要領では中学2年生から理科で放射線を学ぶこととなっていますが、小学校から高等学校までの長いスパンで放射線の知識に触れる機会を増やすことができないかと検討し、理解の難しい放射線だからこそいろいろな角度から学ぶ機会をつくることが大事であり、様々な教科や単元で「繰り返し何度も放射線を教えるようにできないか」と考えているとのことでした。
中学3年間の理科を通して放射線を教える指導計画の例
カリキュラムマネジメントの観点をもてば、中学3年間を通して放射線を学ぶことができ、高等学校での放射線の学びにもつながっていく。そうなれば「自分事として放射線をとらえることができるのではないか」と青木さんは語っていました。
福島第一原子力発電所事故を経て、「やはり義務教育で放射線を教える必要性は何なのかを考えることが大切」と考え、「例えば、生徒が探究的な学習の対象として放射線を選び、自ら調べて自分の考えをまとめ、それを第三者に伝えてフィードバックを得て、さらにもう一度学習を進めていくという学習が実現できれば、それは一つの教育的な意義になると思います」とも語っていた。青木さんは、社会課題に関連付けて放射線をとらえることの重要性を語りながら、教師自身も生徒とともに放射線を学んでいく必要があるとも訴えていた。
■自ら課題を見つけて学べるようにするのが大人の役割
「放射線を教材としてうまく活用すれば学校教育の中で充実した課題解決型の授業ができるのではないか」という声に対して、青木さんは、「総合的な学習の時間」の取り組みを紹介しながら子どもたちの頭の中では教科の垣根がないことを指摘しつつ、次のように発言していた。
「私のクラスでは、総合的な学習の時間にエネルギーや放射線を取り上げることもあるのですが、子どもたちは社会科の学習で学んだことを取り上げたり、理科で学んだことを生かしたりします。実は、教えるほうが教科の垣根をつくっているのではないかと思いますし、そのような自己規制はないほうが良いとも思います」
青木さんは、この日の発表や議論で多く見られたように、子どもたちが自ら放射線について課題を見つけて学べるようにするのが周りの大人や教師、学校が進むべき道ではないかとも語っていました。
■放射線の研究者をロールモデルとして若い人に伝える
公益社団法人日本アイソトープ協会は、初等中等教育の教員向けに「放射線教育テキスト」を配布するなど、さまざまな支援を実施している。この日は、この協会に所属する植竹修士さんから「日本アイソトープ協会の放射線教育活動報告」と題して、中学校や高等学校の教員向けの「放射線教育テキスト」の無償配布や放射線教育用実験セットの貸出し、若手の研究者へのインタビューなどの紹介があった。
日本アイソトープ協会が公式サイトで紹介している若手研究者へのインタビュー
■中高生の「好き」や「楽しい」という気持ちを応援する
「加速キッチン」(代表社員:田中香津生〈早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院准教授〉)に所属する須藤舞子さんから「中高生における放射線探究活動『加速キッチン』について」というタイトルで、素粒子や宇宙線の研究をしたいと望んでいる中学生や高校生に対する宇宙線検出器や研究サポートの提供についての紹介があった。
学校の部活動や探究活動、または個人的な取り組みなどで放射線を研究している生徒に、スタッフの大学生や大学院生が一人ずつ各研究チームの担当となり、伴走するようにサポートをするなど、中高生が楽しみながらレベルの高い研究を実現できる支援の実例の紹介(https://accel-kitchen.com/)があった。
中高生の「好き」や「楽しい」という気持ちを応援するのが自分たちの役割だと熱く語っていた。
2024年6月には、加速キッチンが支援した高校生の研究チームが国際的な物理学コンテスト「Beamline for Schools」(BL4S)で優秀賞を受賞し、スイスとフランスの国境付近にある加速器施設「CERN」で実験する機会を得るという快挙を成し遂げました。
支援した高校生チームが国際コンテストで優秀賞を受賞
■放射線はリベラルアーツにふさわしい教材
福島第一原子力発電所事故が起きたことをきっかけに、放射線入門教育に適した教材や学習プログラムを数多く開発してきた京都大学の角山雄一さん(環境安全保健機構 放射線管理部門 教授)は、小学生から大学生まで幅広い年代を対象に放射線の入門教育を実践している。
今回の意見交換会では、「学習段階に応じた線量率感覚の要請に関する取り組み事例の紹介」と題して、その実践の一部の紹介があった。
角山さんは、放射線教育の支援をするとき、子どもの発達段階や学習段階に合わせた工夫に力を入れており、例えば、小学生向けの教材としてカードゲーム「ラドラボ」を開発したときは、プロのゲーム開発者に依頼して、放射線を学びながらも対戦型ゲームとして盛り上がるように仕立てたとのこと。角山さんは、子どもたちが放射線について自分から学べる教材をつくり出すことは可能だと語っていた。
また、「放射線はリベラルアーツ(教養教育)にとても良い教材で、理科教育だけでなく社会教育にも生かさない手はないだろうと思っています。」と、今後もさまざまな関係者とコラボレーションをしていきたいと抱負を語っていた。
小学生向けに開発したカードゲーム「ラドラボ」
Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団