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第26回

Radioactivity=放射能=Activity?

一般財団法人 電子科学研究所
理事長
小田 啓二

 3年前に大学を退職するまで約30年以上放射線に関する講義やゼミを担当した。近年は直接質問してくる学生数も減ってきたが、それでも色々な質問を受ける経験を重ねると、彼等が疑問に思うこと、引っ掛かる点、理解し難いところ等がある程度分かってくるものである。それらの中には、筆者自身の理解不足や説明方法の拙さに起因するものに加えて、専門家の誤り(責任)ではないかと思われる問題もある。今回このような機会を頂戴したので、自戒を兼ねてそのひとつを披露したい。

 本稿では、「『Activity(単位:ベクレル)』の和訳に『放射能』を充てているのは適切ではない」、ことを指摘したい。その和訳は誤っていると認識している専門家は筆者だけでない(少なくない)と思われる。拙稿が、放射線教育に携わっておられる読者の皆さまの参考にして頂ければ幸いである。

 筆者も現役時代には、知識普及活動(主に、日本原子力学会の枠組みでの「オープンスクール」活動など)に参画してきた経験があり、現在の所属組織(電子科学研究所)は、「みんなのくらしと放射線」知識普及実行委員会の長年のメンバーでもある。こうした活動では、まず「放射線」と「放射能」や「放射性物質」の違いをどう教えるか、という課題から始まる。関係者の皆さまの努力もあり、例えば文科省「放射線副読本」では、光とそれを発する能力を有する光源(電球)に例えることで理解促進を図られておられる。

 この副読本を含めて、ほとんどの資料では、「放射線を出す能力(性質)を『放射能』と言う」ことを正しく教えられており、学術的にも全く正しい。この放射能の原語は「Radioactivity」であり、キュリー夫妻によって造られた語源(フランス語)に由来する。本稿で指摘する疑問は、この(放射能の)能力の度合いを表す専門用語(学術用語)の「Activity」である。意味が異なるこの量の日本語訳が、なぜ同じ「放射能」となっているのだろうか。

 放射線に関する量のうち、放射線場やそこに置かれた物質中でのエネルギー移動などに関するものは、国際放射線単位測定委員会(ICRU)のレポートNo.85(2011)にまとめられている。本稿に関する用語は、この「第6章Radioactivity」の中の「6.2節Activity」で定義されている。原文の表現は少々固いが、「単位時間当たりに起こる自発的核変換(spontaneous nuclear transformation)の数」となっており、もう少し簡単化すれば、「単位時間当たりの放射性壊変数」である。単位は「毎秒」で、その固有/特別の名称は「ベクレル」であることはご存じのとおりである。この定義はISO(国際標準化機構)やJIS(日本産業規格)等に反映されている。ICRUレポートの章と節のタイトルとなっているように、「Radioactivity」と「Activity」は明確に異なる意味を持っていることが分かる。前者の日本語訳は、その意味では、よく考えられた表現であると感心せざるを得ない。しかるに・・・である。

 「Activity」は他の学術分野でも使われている。例えば、熱力学や化学、物理化学等の分野では、「活動度」、「活性度」や「活量」などと訳されている。我々の場合、「Radioactivity」という能力の大きさや壊変(して放射線を発生)する活性度の度合いを、「単位時間当たりの壊変数」と言う物理的に明確な量で表すことにしている。それなのに、なぜこの専門用語を「放射能」としてあるのだろうか。これを認めると、「〇〇は放射能を持っていて、その放射能は△△ベクレルである」という奇妙な表現が許されることになる。日本語としては、後者の「その放射能は」のところは、「その大きさ(強さ)は」と記述するのが普通であろう。

 この問題に気付いた約30年前に、質問を投げかけた当該分野の重鎮や先輩の大半からは、納得する回答は頂戴できなかった。2・3人の先生からは、「壊変活性度」または「放射能量」との代替案を伺った記憶がある。疑問の思う専門家が少なかったのか、或いは強いアクションをとらなかった(それこそ「activity」が低かった?)ためか、結局、「放射能」のままになっているというのが現状である。JIS Z 4001(1999年改正)の「原子力用語」でも、「放射能」の欄に2つ(RadioactivityとActivity)が併記されている。

 取るに足らない抗いであるが、筆者の担当する講義では、当初は「放射能には広義と狭義があって・・・。しかし、原語は・・・と区別している」などと言い訳のような説明をしていたが、1990年頃以降では「・・・後者は誤訳と考えられ、定義に近い『壊変率』とすべき」と付け加え、2010年頃からは、「・・・後者は誤訳と考えられるので、以後は『アクティビティ』と言うことにする」としてきた。

 では、どのようにすればよいのであろうか。他の学術分野での訳語(活性度や活量)もひとつの候補かも知れない(放射性活性度など)。厳密性にこだわってしまうと、定義に近い「(放射性)壊変率」となろう。一方、子どもたちにも理解されることを意識するのであれば、「活発さ」のようにデフォルメされても許されると思う。

 上述の「放射線副読本」では、「放射能の強さ」と「放射線を出す能力の大きさ」という2つの表現で説明されており、工夫されていることが分かる。ただ、前者の「強さ」には、エネルギーや影響の大きさに関連するようなニュアンスが含まれているので、放射線影響との関係の補足説明が不可欠になってくるように思う。

 蛇足ながら、放射性物質を光源に例えるのであれば、電球からの可視光、リモコンの赤外線、スマホの電波、殺菌灯・ブラックライトの紫外線にも言及し、色々な波長の電磁波があることを当該箇所に記載した方がよいと感じた。ご検討頂ければ幸いである。

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