2023年11月19日、NPO法人放射線教育フォーラムの第2回勉強会がオンラインで開催された。
今回は、お米という身近な食材にかかわる放射線の利用例をはじめ、放射線を「自分事」として学ぶ教育実践や、中学校において理科以外の授業で取り組んだ放射線教育の報告など、幅広い話題が提供された。学習者が放射線を身近なものとして、あるいは自身にかかわるものとして感じることができるヒントや教え方の工夫が数多くあった。
■イオンビームでお米の課題を解決する
日本人の主食であるお米。この穀物をもたらすイネの栽培には、成育にともなって有害な物質であるヒ素とカドミウムを吸収してしまうという積年の課題がある。イネによるこれらの物質の吸収量を下げることができれば安全性をより高められるだけでなく、厳しい規制をとる外国に対しても余裕をもってクリアできて輸出しやすくなる。
最初の話題提供者は、この課題の解決に取り組んでいる国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST)高崎量子応用研究所の小林泰彦さん。放射線の一種であるイオンビームを用いて、新たな品種の開発を導いたという(演題「イオンビーム照射で作出されたカドミウム低吸収米」)。
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST)高崎量子応用研究所
小林泰彦さん
イネによるヒ素(無機ヒ素)とカドミウムの吸収には、これまで栽培方法による対策がとられてきた。水田の水を早く落とせばヒ素の吸収量を減らすことができるが、ただ、そうするとカドミウムの量が増えてしまう。逆に、落水を遅くすると、カドミウムの吸収量は減るが、ヒ素が増えてしまう。
「このようなトレードオフの関係があるので、現場ではその対応に大変な苦労をしている」と小林さん。
小林さんらは放射線の一種であるイオンビーム(炭素イオンビーム)を照射することで、コシヒカリの遺伝子を効率的に変える研究に取り組み、10年ほど前にカドミウムをほとんど吸収しない変異体を得ることに成功。この変異体をもとに農業環境技術研究所で新品種の開発が進められ、近年、カドミウムが多い土壌の水田でも米にカドミウムがほとんど含まれない「コシヒカリ環1号」が誕生した。実際にこれをヒ素の吸収量を少なくする栽培法で育てると、ヒ素とカドミウムの吸収量が同時に低減した。
放射線を用いる育種では電磁波であるエックス線やガンマ線が使われることが多いが、高エネルギー粒子であるイオンビームを使うと、変異誘発の頻度が高いため効率な育成が可能、従来法では作出が困難だった新しい形質が得られる、目的とする形質だけを変化させるワンポイント改良が可能、などの利点があるという。放射線などを用いた変異誘発育種は「自然界での進化を加速して伝統的な交雑育種の限界を越えられる」と小林さんは説明した。
■自然放射線の線量率に馴染む活動
京都大学の角山雄一さん(環境安全保健機構放射線管理部門准教授)は、自然放射線を子どもや若者に教える活動を精力的に展開している。小学生から大学生までの幅広い年齢層に対して、さまざまな努力と工夫を重ねた教え方をしている(演題「放射線初学習者に自然放射線の線量率感覚を養成する試みについて」)。
京都大学 環境安全保健機構放射線管理部門
准教授 角山雄一さん
角山さんは、出前授業などで放射線を説明するときは、学習者の学習段階に配慮しながら「話す言葉を変えていく」とのこと。例えば、放射線を出す元素(放射性同位体:RI)について説明するときは、小学生に対しては「目には見えないとても小さなツブ」、中学生には「エネルギーが余っている原子」、高校生には「不安定な原子核」と変化させる。ただ、学年や学校によっても学習している内容や進み方が変わるので、その違いも考慮した上でスライドや説明の仕方を変えるという。
「大事なことは自然環境に放射線があるということです。この世界には放射線がゼロの場所はないことをきちんと知ってもらうように伝えていきます」と角山さん。霧箱で放射線の飛跡を観察するときも、線源には市販のものを使わず、訪れた学校の校舎の中で採取したラドン由来の放射性物質が付着したほこりを用いる。学習者にもさわってもらい、よく見かけるほこりであると確認してもらうとのこと。
角山さんの話によると、小学生でも放射線に対して「危ない」というイメージをもっているという。そんな子どもたちに、まず角山さんは「放射線は危ない」と明言して原爆の話をして、そのあとに自然放射線の線量であれば健康に影響がないことを伝えていくという。そして、上手に使うと人の役に立つことを説明しながら、さらに2011年3月の福島第1原子力発電所事故についても触れていくとのこと。
さらに、角山さんは意欲的な児童や生徒を募って、「線量率に馴染んでもらう活動」にも取り組んでいる。参加者たちは、配布された簡便な測定器を使って、自由に移動しながらモバイル端末と連動させて線量率と位置情報を記録。そのデータを共有して地図の上に表示していく 。地図を見ると、飛行機で移動したときのデータも記録されている。自分たちで測定して可視化すれば、自然放射線の線量率に対する量的な感覚が身につきやすい学習を展開することができる。
この活動には福島県の高校生も数多く参加している。若者たちのネットワークも生まれ、「放射線について話し合うイベントも開催し、放射線の社会的な課題を『自分事』として考えて議論する場も設けました」、「若い世代が『自分事』として参加して放射線について考えることが大人たちに刺激を与えるということを強く実感しています。大人同士の話し合いも重要ですが、若者や子どもをきちんと輪の中に入れた話し合いを皆さんにおすすめしたいです」と角山さんは語っていた。
■「道徳」や「総合的な学習の時間」で放射線を取り上げる
鹿児島市の公立中学校で理科を教える原口栄一さんは、理科だけでなく、道徳科や総合的な学習の時間でも放射線教育に取り組んでいる。この日は、理科以外の授業で放射線をどのように扱っているのか、その実践内容を報告した(演題「道徳科や総合的な学習の時間においても行える放射線教育」)。
鹿児島市立吉野東中学校 原口栄一さん(理科教諭)
原口さんは、まず生徒が理科の授業で放射線を科学的に学んでから、その後に道徳科や総合的な学習の時間において放射線を取り上げる授業をするとのこと。例えば、総合的な学習の時間では、福島第一原子力発電所事故を取り上げる。原口さんが自ら事故現場の近くで撮影したビデオ映像を生徒たちに見せ、例えば除染で取り除いた土が入った大きな袋(フレコンパック)に注目し、「どうしてこの黒い袋が道端にあったのでしょうか」と問いかけ、社会的な課題について考えさせていくという。
原口さんは、「放射線に対する理解不足で生じる差別や原子力発電所から生じる放射性廃棄物の処理は、まさに現代的な諸課題です。できれば、生徒にはこの問題を解決できる大人になってほしい。これが道徳科で放射線を取り上げる理由です」と語っていた。
昨年度、中学3年生を想定した道徳科の模擬授業では、修学旅行で訪れた長崎の原爆資料館を思い出すことから始め、その後に道徳科の教科書に載っている一つの文章を読んだとのこと。それは、1954年に米国の水爆実験で被ばくし、差別や偏見にも苦しめられた第五福竜丸の乗組員「大石さん」の話で、原口さんは生徒に「差別や偏見をなくしたいという大石さんの願いは現在も伝わっていますか」と問いかけながら、東日本大震災の福島第一原子力発電所事故をきっかけに生じた差別について生徒たちに考えさせるという。
原口さんは、放射線教育は重要だと訴える。「中学校を卒業したら就職する生徒もいます。今の生徒が大人になったとき、原子力発電にかかわることなどをいろいろと自分で判断して決めなくてはなりません。だからこそ、放射線など必要な知識を中学生までに得ることが何よりも大事なのです」と力強く語った。
■子どもたちは自分で考えられる
講師3名の講演が終わると、質疑応答や対話の時間となった。
今、社会で科学的な議論が続いていることについて児童や生徒から問われた場合はどう説明するかという趣旨の質問について、京都大学の角山さんは「大人たちが議論しているテーマに関しては、基本的に私から答えを明確に言うことはありません」とのこと。例えば、トリチウムについての質問が出ても、公表されている情報やデータを整理して伝えるにとどめ、「あなたはどう思うか?」と返しつつ、市民がしっかりと見守っていく重要性を伝えていくという。
「子どもたちには、まずは自分たちの問題として、大人たちに交じって議論する姿勢をもつように仕向けることが大切だと思っています」と角山さん。
中学校教諭の原口さんも、生徒たちに自分事として考えさせることが重要と語っていた。
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