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なかなか変わらない放射線のイメージをどう変えるか ―放射線教育関係者意見交換会―

 

 2023年8月5日、放射線教育に取り組む教育関係者が集い、意見を交換する催しが大阪科学技術館(大阪府大阪市)で対面とオンラインのハイブリッド方式によって開かれた(主催;「みんなのくらしと放射線展」知識普及実行委員会)。

 プログラムは3部構成で、基調講演をはじめ、実践報告、話題提供、意見交換など盛りだくさんの内容で、3時間半の長丁場となったが、参加者たちは最後まで熱心に話を聞いていた。発表や質問、意見の中で、なかなか変わらない放射線のイメージについての話題が度々出ていたのが印象的だった。

 

■何ができるようになるか

 第1部では二つの基調講演があり、学習指導要領における放射線教育のあり方や先進的な支援の取り組みが紹介された。

 

登壇者1:小林 一人さん

(文部科学省国立教育政策研究所教育課程研究センター・研究開発部教育課程調査官・学力調査官/(併任)初等中等教育局教育課程課教科調査官)

講演タイトル:「放射線教育と学習指導要領」


 現在の学習指導要領の眼目を解説しながら、中学校理科における放射線教育のあり方について丁寧に解説された。

国立教育政策研究所教育課程研究センターの小林 一人さん

 

 小林さんは、単に子どもたちが放射線の性質を説明できるようにするのではなく、いろいろな意見のある中でも自ら考えて判断し表現できるようになるなど、「何ができるようになるか」という観点をもつことが重要だと説明された。またそのためには、子どもたちが実験や探究活動をする中で自ら事物の性質に気づくという体験をすることが必要で、その中で「子どもたちの『何ができるようになるか』という環境を授業の中で作ることが大切」と語った。

 また、文部科学省が発行する「放射線副読本」やその活用例の紹介、放射線に関する教員研修や出前授業の委託事業についても案内。放射線副読本の活用状況についての報告もあり、小学校で約50%、中学校で約60%、高等学校で約30%となっているとのことだった。

 

登壇者2:田中 香津生さん

(加速キッチン合同会社代表社員/早稲田大学理工学術院総合研究所研究院准教授)

「中高生の放射線探究ネットワーク」と題して、独自に実践している中学生や高校生の学びの支援について説明した。

加速キッチン合同会社の田中 香津生さん

 

 研究者や大学生によって運営される「加速キッチン」では、これまで200名以上の中高生に対して放射線などに関わる研究の支援を行ってきたと言う。例えば、ワークショップを開催するほか、希望者には自分で組み立てて測定できる放射線検出器を貸与している。

 このワークショップには、個人で参加する中高生が多く、その興味は惑星科学や考古学、環境、医療放射線などと幅広いが、「この検出器は低電圧で扱いやすく、自分で改良や解析も簡単にできるので、いろいろな研究に対応できる」と田中さんは言っている。

 例えば、登山が好きな中学3年生は、この検出器を使って富士山に何度も登って宇宙線を測定し、宇宙線だけを捉えることができるように工夫したりなど、まさに探究的な研究ができたという。

 加速キッチンでは、オンラインコミュニティを形成し、メンターの大学生や研究者が中高生をサポートする体制も整えている。これまでの3年間の活動で論文(6本)や学会賞(19回)、学会発表(108回)という成果に至っているとのこと。国際交流のハブの機能ももち、例えばスイスの加速器「CERN」でのビーム実験の機会も日本の中高生に提供している。

 

■「自分事」にできるか――実践者から5つの実践事例

 第2部では、放射線教育の実践者5人から発表があった。生徒たちの理解を促すための工夫や、授業やプログラムに取り組むときに心がけていることなど、現場の教育関係者だからこそ語ることができる話題が続いた。

 

 実践事例1 野ヶ山 康弘先生(京都教育大学附属京都小中学校)

講演タイトル:放射線のリスクとベネフィット~福島復興11年の変遷~

 

京都教育大学附属京都小中学校の野ヶ山 康弘先生

 

 野ヶ山先生は、放射線教育に取り組む中で、①生徒の放射線に関する知識が身についても、②放射線に対する不安を取り除くことが難しいと感じ、③福島での出来事などに対する問題意識が低いままだった。そのため、④もっと放射線のメリットとデメリットについて多面的に捉えられる機会を増やす必要があると考え、福島県の被災地に生徒を連れていくことを決めた。当初は希望者のみの引率で、最初の参加者は4人だったが、その数はだんだんと増えていき、今では学校行事の一つになっているとのこと。

 野ヶ山さんは、放射線教育を「福島の震災復興を入り口としたエネルギー教育」と組み換え、被災地が抱える課題を主体的に解決できる生徒を育てる方針を立てた。実際に現地を見てさまざまなことを感じた生徒たちは、福島の出来事を自分事として認識するようになり、リスクとベネフィットを自ら考えて判断できるようにもなっていった。現地に行けなかった友人や保護者に対しても、福島の現状や放射線の正しい知識を伝えるようにもなった。放射線に対する正しい知識を身につけていく要素として、「確かな事実」を知ることが特に重要であると野ヶ山さんは指摘する。

 

実践事例2 羽田野 祐子先生(筑波大学システム情報工学研究群)

講演タイトル:霧箱による大学公開講座について

筑波大学システム情報工学研究群の羽田野 祐子先生

 

 羽田野先生は、霧箱を用いた一般向けの公開講座を夏に開いている。ただ、2022年度までの公開講座で使用した霧箱では、線種の判別まではなかなかできず、さらに来場者が飛跡を見られないで終わってしまうこともあったと言う。そこで、今回はペルチェ素子という-20℃まで冷える装置や高電圧で容器内の雑イオンを除去する機構を組み込んだ霧箱を使用した。

 「それまで使っていた霧箱ではβ線を見ることはほとんどできなかったが、今回の霧箱ではそれがはっきりと見えた」と、羽田野さん自身もその性能の高さに感動したと言う。今回の公開講座の実習では、無事に全員が飛跡を確認でき、線種の判別も初めて可能となった。また、電源投入後、30秒ほどで飛跡が見え始め、参加者が退屈することがなかった点も良かったと言う。

 主催者側としても、ドライアイスや氷の準備という手間が省くことができた。さらに、観察実験の前に行われた座学で「トリチウムは弱いβ線を放出する」との説明があったが、「参加者がそのβ線を霧箱で実際に見ることができたことも良かった。その弱々しい飛跡からエネルギーの違いを感覚として捉えてもらえた」とも語っていた。

 

実践事例3 石井 伸弥先生(福島県立郡山萌世高等学校)

講演タイトル:福島で学ぶ福島~課外活動による福島学の実践報告~

福島県立郡山萌世高等学校の石井 伸弥先生

 

 石井先生は2015年度から放射線教育に積極的に取り組み、原発を含めた原子力被災地での視察をはじめ、出前講座やワークショップ、生徒発表などの取り組みを実施している。その実践を通して、福島の高校生が無意識にもっているかもしれない「福島」に対する認識が見えてきたと言う。

 石井先生は「報道される『福島』と自分の住む『福島』を無意識に使い分けている傾向があると感じる」と語っていた。この数年、生徒が自分の受けた線量とリスクについて調べたり、不安な気持ちを見せたりする姿が見られなくなったことなどから、「(被災地の)福島県の人」と聞いても自分を想定してないのではないかと推察されるとも語っていた。また、福島の高校生たちと話していると、福島について量的根拠をもたずに「わかっている」「安心である」「不安である」「復興している」「復興していない」と思っている面も感じると言う。

 福島の生徒たちの中にある「なんとなく」「無意識的に」を揺さぶることが必要だと語る石井先生。ただ、生徒を必要以上に揺さぶると驚かせてしまうので、“何気なく”揺さぶることが重要であるとも言う。「特に県外で福島のこれからについて一生懸命に学んでいる同年代の姿を福島の高校生に見せることが良いのではないか」と、8年間の実践を通して得た自身の考えを伝えていた。

 

実践事例4 谷脇 鉄平先生・松長 瞬先生(学校法人大阪学園大阪高校)
講演タイトル:本校初の化学基礎・地学基礎における放射線に関する科目横断型授業の教育実践

学校法人大阪学園大阪高校の谷脇 鉄平先生と松長 瞬先生

 

 大阪高校では、2023年度の1学期(5月)に化学基礎と地学基礎の科目横断型授業で放射線を教える授業を実践した。対象は1年生全員(19クラス・約700名)。授業時間数は、化学基礎と地学基礎の2コマずつで、1コマ目は導入、2コマ目は放射線にかかわる内容にして、講義形式の化学基礎と実習形式の地学基礎を織り交ぜながら実施したとのことだ。担当教員は10名。プリント・スライドは全教員で共通のものを使用した。

 具体的には、まず化学基礎の単元「同位体」の授業で放射線について教えて、次に地学基礎の単元「地震」で実習を伴う授業を行った。

 化学基礎では、生徒が自分の抱いている放射線に対する印象を認識した上で、壊変の種類やそれによる放出される放射線粒子の透過性の違いを観点に、放射線の基礎的な知識を身につけ、正しく扱えば安全であることを学んだ。

 一方の地学基礎では、「地震」の授業で東北太平洋沖地震の発生メカニズムなどについて学びながら、その中で原発事故も取り上げて、放射性物質の半減期や実効線量について数量的に捉え考えさせた。その後、化学基礎で学んだ知識を用いながら放射線が人体に与える影響や安全性について学んだ。

 「授業を通じての生徒の反応から、放射線に対する『怖い』という漠然とした印象や他人事のような思いに変化が見られた」と語っていた。また、この教科横断的な授業を通して生徒の興味や関心を高め、「大学進学につながるような指導ができたらいい」とも語っていた。

 

実践事例5 森島 浩一先生(広島市立福木中学校)
講演タイトル:生徒に自然放射線を実感させる授業実践例

広島市立福木中学校の森島 浩一先生

 

 被爆地である広島市の小学校では平和学習に力が入れられている。そのためか、多くの中学生は放射線に対して「怖い」「危ない」という強いイメージをもっていると森島先生は語った。授業をすると「放射線はないほうがよい」などの否定的な意見も聞かれると言う。

 このような印象をもつのは、放射線が「日常的には無い」と思っているからではないかと考えた森島先生は、放射線の簡易測定装置を生徒全員に渡し、放射線の多いところを教室内外で自ら探して測定するという授業を実践している。すると、生徒たちは自分自身で測定することで自然放射線の存在を実感するようになると言う。その上で線量がどの程度になると危険になるかを学ぶと、その内容がよく理解できるようになるとも語っていた。

 また、福島が危険な場所というイメージにならないように配慮しながら、森島先生が自ら福島県の帰還困難区域の近くで採取した土を測定させることもあったと言う。少し高い数値が出るが、年間の被ばく量を計算させると、生徒たちは安全であると認識できたと言う。

 このような授業をしたあとに、放射線に対するイメージについて調査したところ、改善された面がうかがえたと言う。しかし、それでも放射線に対しての否定的なイメージは強くあり、「この感覚は数時間の授業だけでは簡単には変わらない」とも報告された。また、この放射線のイメージが地域によってどのように異なるのかを調べたいと伝え、「生徒へのアンケート調査に協力いただけないか」と呼びかけた。

 

■イメージをいかに変えるか

 第3部は、放射線教育における安全性の確保に役立つ話題提供のあと、参加者たちによる意見交換が行われた。

 話題提供では、教育現場で使用されるクルックス管からの低エネルギーのX線の測定サービスについて、秋吉 優史先生(大阪公立大学研究推進機構放射線研究センター准教授)が紹介した。

大阪公立大学の秋吉 優史先生

 

 クルックス管からの低エネルギーのX線は、一般に入手できるサーベイメーターでは正常な測定ができない。そこで、大阪公立大学は、このX線を測定できる「nanoDot線量計」を郵送して測定するサービスを提供している。この線量計のサイズは1㎝四方以下で小さい。希望者にはこの線量計が送付され、計測後に返送すれば計測の数値を後日伝えられるとのこと。

 また、秋吉先生は、理科室に置いてある箔(はく)検電器を用いたX線の線量測定手法を開発していて、そのノウハウの説明もあった。さらに、現在は簡易な線量計を用いた測定の可能性を探る研究をしていて近く発表したいとも語った。

 その後に行われた意見交換会では、多くの質問や回答、感想やコメントが参加者や登壇者の間で活発に交わされた。

 オンラインの参加者からは、原発事故の前までの約30年間にわたって中学校や高等学校で放射線教育がされなかった理由を尋ねる質問が出た。これに対して文部科学省国立教育政策研究所教育課程研究センターの小林さんは、「昭和52年(1977年)告示の学習指導要領から、ゆとりある充実した学校生活を実現するということで、各教科で教える内容を絞るという動きがあった。その中で放射線が学習指導要領に掲載されなくなったが、おそらく年間で1時間程度しか教えることができないということもあって結果的になくなってしまったのではないか」と回答した。

 また、福島県では小学校や中学校で長く放射線教育が実践されてきたが、その効果を高等学校で感じることはあったかどうかを尋ねる質問も出た。これに対して、福島県立郡山萌世高等学校の石井先生が次のように回答した。

 「ある福島県の高校の先生が実施した生徒たちへのアンケート調査を見ると、生徒たちの6割以上が放射線の授業を小中学校で受けていたと回答していた。すべての小中学校で取り組まれたはずなので、残りは受けたけれど覚えていないということだろう。教育効果については、私の印象になるが、放射線の基本的な性質を押さえていると感じた。ただ、一歩踏み込むと、習ったけれどよくわかっていなかったと言うこともあった。」

 放射線の出前授業を長く実践しているという専門家からも発言があり、「授業後のアンケートをとる度に放射線のイメージが改善されないということを思い知る」というコメントが出た。「今回の会では、それと同じことを話す先生が多く、興味深いと思った。この問題をどうするか。先ほど、福島の高校生を揺さぶるという話があったが、このあたりに放射線に対する心理に深くかかわるものがあるのではないか」とも語っていた。

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