コラム

ホーム > コラム

第14回

『放射線教育』何をどう教えるか?

東京学芸大学附属世田谷中学校
教諭
髙田 太樹

 新しい学習指導要領において、放射線に関する内容が第2学年と第3学年の二単元に分けて組み込まれた。指導内容は、第2学年「電流とその利用」の「静電気と電流」では「真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること」と示され、第3学年「科学技術と人間」の「エネルギー資源」では「放射線にも触れること」と示されている。つまり、原子力発電の仕組みに触れる中で、核燃料から放射線が出されることや、放射線の性質や利用について2年から3年と継続的段階的な放射線学習を行うこととなる。
 前学習指導要領(平成24年度全面実施)で30年ぶりに中学校理科で放射線教育が行われることとなり、それからの10年間、放射線の指導法についての研修や研究報告が途切れることなく全国各地で数多く行われてきた。これは、多くの教師が放射線学習の難しさに直面し悩み続けている証であると言える。福島第一原子力発電所の津波による事故で飛散した放射性物質の影響から10年経った今でも多くの方が避難を強いられている。これまでもこれからも、この事故について教師が触れることなしに放射線の学習をすることはありえない。つまり、学習指導要領で記されているように「放射線について触れる」程度で終わるのではなく、放射線の人体への影響や今後の原子力発電のあり方について学習するための計画的・総合的な授業計画が必要である。この場を借りて、私自身がどのように放射線教育と向き合い、授業を実践してきて何を感じたかをお伝えしたい。
 まずは、生徒が放射線に対してどのように考えているかを確認することから授業を始める。生徒一人一人がもつ疑問点や関心が高い項目をクラス全体で共有し、課題を設定することで、放射線を学習する必要性を意識させる。「放射線」という言葉から連想することを聞いたところ、大多数が『原子力発電所』をはじめ『福島』『地震』といった東日本大震災関連のものであった。ニュース等で何度も耳にしているせいか、『シーベルト』『セシウム』といった用語についても、「聞いたことがある」と感じた生徒が多かったようである。これらのことからも、放射線の学習をするうえで、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故について、どのように取り上げ、どのように展開していくかが大切になってくると言える。
 放射線は目に見えない。よって、自然界に放射線が存在することやその性質を理解させるためには、霧箱や放射線測定器といった教具が必要となる。霧箱であれば班に一つ以上、放射線測定器であれば一人一つずつは用意したいところである。霧箱の作製を生徒に行わせたり、放射線測定器による測定を校外で行わせたりすることで、より放射線への関心が高まると考えられる。
 放射線の人体への影響については、まだはっきりしない部分や、専門家でも意見が分かれている内容が多く、授業での扱い方が難しい。生徒へどこまでをどのように教えるべきかの一つの基準として活用できる資料の一つに文部科学省が発行した「放射線等に関する副読本がある。例えば、低い放射線量と健康との関係についての記述は、「自然にある放射線やX線検査など日常で受ける量であれば、健康への心配はありませんが放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です。」とある。また、厳選された最新のデータが掲載されており、資料集としても活用できる。
 単元の最後では、放射線に関する基礎的な知識・理解を総合的に活用し、放射線との付き合い方を生徒一人一人に考えさせたい。クラス内で意見を共有する中で様々な意見が出てくることが望ましい。放射線や原子力発電所について肯定か否定に偏った考えでなく、放射線のリスクとベネフィット(便益)を理解したうえで、科学的に考え、判断できる力を養うことが大切である。授業後に生徒が記入した感想の一部を以下に示す。

・福島県での立ち入り禁止区画のことや、地元の野菜・作物などのことは、放射線・放射能の正確な知識を得たうえで対策をすべきだし、もっと放射線の知識を広める必要があると思った。
・放射線のことについての話を聞くたび、良い面もあれば悪い面もあったので、正直放射線のことをどう思えばいいのかよく分からなくなった。原発の問題があったから、まだあまりいいものだとは思えないけど、良い使い道が見つかればいいと思った。
・放射線は体に悪いイメージしかなかったけれど、医療などにとても大切な役割りを果たしているということが分かりました。早く福島の飯館村や南相馬に住んでいる人が今まで通り楽しく暮らせるようになればいいなと思いました。

 放射線測定器による測定実験を通して、放射線が身近に存在していたことを体感できたことは、生徒にとって大きな衝撃だったようである。どんなに詳しい資料を提示したとしても、実際の測定値にかなうものはないように思える。また、レントゲン写真等の医療の現場で放射線が利用されていることも授業で初めて知った生徒が多く、「放射線のイメージが変わった」と表現している。原子力発電所の利点と問題点に関しても、教科書通りに伝えることだけで終わることはしない。福島の現実をしっかり伝えることが必要であり、そうすることで原子力発電所の事故が引き起こした大きな混乱と福島の方々の苦しみを生徒に教えることも教師の役割ではないだろうか。「早く福島の飯館村や南相馬に住んでいる人が今まで通り楽しく暮らせるようになればいい」と書いた生徒が、どのように行動すればよいのかを一緒に考えていける教師であり、理科の授業でありたい。

Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団