2021年12月26日、全国の大学生などが放射線教育の教材を提案する「放射線教材コンテスト」(主催・公益財団法人日本科学技術振興財団)が開催された。今回で4回目。作品の募集にあたって、主催者は「あなたの“放射線エウレカ”を形にしよう」と広く呼びかけた。そのかいあって、当日に披露された入賞作には、どれも放射線を理解していく過程で「わかったぞ!」(エウレカの意味)という学生たちの感動や驚きが強く込められていた。
4回目の開催となった「放射線教材コンテスト」
■多数の応募、12校から93作品
2018年に始まった「放射線教材コンテスト」。応募できるのは、放射線について学んでいる全国の大学、大学院、短期大学、高等専門学校、専門学校などの学生。学校で学んだ知識を活用して小・中・高校生向けに放射線教育の教材を創作して競い合う。4回目の開催となった今回では、テーマが「“放射線エウレカ”に基づくアクティブ・ラーニング教材であるか」に設定された。
「エウレカ」とは、古代ギリシアのアルキメデスが発した言葉「エウレカ(わかったぞ)!」に由来するもの。このアルキメデスは、入浴したときにあふれたお湯を見て、そこから複雑な形をした王冠の体積を知る方法のきっかけを得たとされる。その故事から、何かがわかったときの喜びは「エウレカ」と呼ばれるようになり、今回のコンテストでも、放射線を学ぶ中でエウレカと感じたことを「放射線エウレカ」と呼ぶこととして、それを教材作りの重要テーマとした。
この応募の呼びかけに対して、12の学校の学生たちが応募。93作品が集まった。そして、このエントリー作品から最優秀賞(1作品)と優秀賞(10作品)が選ばれた。当日は、この11作品が披露されて表彰式が行われた。
また、前回はオンライン形式での実施だったが、今年度は感染症対策を徹底して対面式とオンライン式のハイブリッドで実施された。
対面式とオンライン式のハイブリッドで実施
■遮へい現象を直観的に理解する-最優秀賞作品
今回、応募93作品の中で最優秀賞作品に選ばれたのは、東京都市大学の橋本ゆうきさんと小林亮斗さんが作成した『動かして学ぶ放射線遮へい模型』だった。感想を求めたところ「苦労して作った教材が最優秀賞に選ばれてとてもうれしく思います」と橋本さん。
コロナ禍の中での制作は難しい局面も多かったとのこと。「直接会って作業できたのは3回だけでした。学校の勉強のほうも忙しく、それでもリモートなどを駆使して打ち合わせを繰り返し、なんとか今回の教材を作り上げました」と振り返っていた。
橋本さんらがつくった教材は、放射線の遮へいを直観的に学べるもので、対象は中学生。球の中に磁石を仕込んだり、大きさを変更したりして、アルファ線、ベータ線、ガンマ線の違いを表現。球を斜面の上から転がし、格子幅の異なる金属の遮へい材模型を通過できるかどうかを確認して、「放射線と物質との相互作用」の観点から理解を深めていく。
大学で原子力について学んでいるという橋本さん。放射線について学び始めたころは、その内容が複雑で、難しい知識や公式は主に暗記に頼っていたという。「大学でさまざまな実験をして、さらに多くの本を読んで知識を深めていくうちに、具体的にイメージして理解できるようになったんです」。
教科書などでよく見かける性質の違いについての説明図はエネルギーの違いに見えてしまう。そこに学習のつまずきのポイントがあると思い、エネルギーの強さではなく、「放射線と物質との相互作用」がわかる教材を作ろうと思ったという。難しく思える放射線でも「その働きや性質は自然科学で理解できること。中学生たちもその根本のところに気付いてくれたらうれしい」と語っていた。
最優秀賞作品に選ばれたのは東京都市大学の学生。放射線の遮へいについて学べる教材で、小球には磁石を仕込んでいる
■独自のアプリ開発にも挑戦
帝京大学の学生たちが開発した福島第一原子力発電所事故で生じた汚染水を処理する基本的な仕組みを体験的に学習する教材は、小学生にもなじみのある泥水をろ過する実験から考えるというもの。汚染水の処理の知識と結びつけるように学習を進めることで、小学生でも汚染水処理の原理を知っていくことができる。内容が専門的で難しいと思われる内容でも、教材によって取り組めるようになる良い例となった。
新しい時代の到来を感じさせる教材もあった。愛媛大学の学生らは、タブレット端末用のアプリを自ら作り、目には見えない放射線の飛び出し方を現実の世界と重ね合わせた拡張現実の世界をタブレット画面の中で再現できるようにした。放射線もアルファ線やベータ線、ガンマ線などの種類によって形を分け、その飛び出し方も特徴がわかるように変えた。さらに、どうすれば遮へいできるかも擬似的に体験できるようにも工夫されていた。
例えば、霧箱の実験をしたあとに、このタブレット端末をかざせば、線源からどのような放射線がどのように飛び出しているかを印象深く学ぶことができ、学習効果を高めることが期待できる。開発した学生の一人は「中学校や高等学校の教員を目指しています」とのこと。アプリの開発にあたっては「独学でプログラミングを勉強した」と話していた。
プログラミングを独学で学びアプリを開発した学生もいた
■「エウレカ」が伴った工夫の教材
東京学芸大学の学生たちは、放射線が遮へいされる様子を、霧箱で実際に確認できる教材を開発した。文字や図の説明だけで放射線の透過の性質を学ぶだけでなく、生徒たちが2つの霧箱を使って遮へいの様子を対照実験・比較実験できたらと考えた。
そこで、この学生たちは、霧箱を二つ並べてその間に線源や遮へい材を置ける教材を開発。霧箱の中で現れるアルファ線などの飛跡が遮へい物の有無によってどう変わるかを実際の現象として観察できるようにした。また、使用する霧箱についても、通常の保冷剤よりも温度が低くて再利用できる「フローズンシート」を使用。教育現場でも簡易につくることができるように工夫していた。
二つ並べた霧箱の間に線源や遮へい材を置く
■感動が「なぜ?」「どうして?」に
本コンテスト実行委員長の鈴木帝京大学教授は、「放射線エウレカ」を盛り込んだことについて次のように語った。
「驚きは学びの始まりであるというソクラテスの教えに従ったからです。驚きがあるからこそ『なぜ』『どうして』『どうなっているの』という疑問が生じます。そういった過程から理科好きな学生が育っていってほしいと心より願っています。どの応募者の作品を見ても、その思いがしっかり伝わってきました。きっと『わかった!』という感動を思い出しながら教材を作成したのだと思います」
最近の応募作品の傾向は、知識の理解しやすさに重点を置いたものが多くなっていたという。「知ったときの驚き、理解したときの感動をもっと大事にしてほしい。その驚きや感動を児童生徒に伝えて、児童生徒が追体験できるような教材を作成してほしいと願い、『放射線エウレカ』をテーマにしました。実際にそんな思いが強く込められた作品が多かったので、とてもうれしく思います」
この作品を含め、受賞者の作品の内容は下記の「らでぃ」の公式サイトで紹介されている。
https://www.radi-edu.jp/contest/list-of-award
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