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第8回

次世代への放射線教育の重要性と課題について ~海外での実践事例を通して~

東京大学 工学系・情報理工学系等環境安全管理室
特任専門員
飯塚 裕幸

 日本の放射線教育モジュールと実践経験が国際社会で高い評価を受けています。STEAM、NST、WOW factor、というキーワードを主とした活動がアジア太平洋地区における人材育成ミッションに強い広がりを見せ期待をされています。STEAMの語源となったSTEMとは、米国歴代政権が経済の牽引者となる人材を大量に輩出することを目的としたキーワードで、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)のそこへArt(芸術)が加わり、現在は、5分野を指しています。STEAM教育方針の目的は、複雑な現代社会における困難な現実の問題に力強く取り組み解決するための総合力や、従前のコンセプトにはない新たなものを創造する豊かな発想力を育むことにあります。またNSTとは、Nuclear(原子力)、Science(科学)、Technology(技術)の略であり、WOW factorとは、参加者に驚きや感動、新たな発見の機会を提供し、思わず「ワオ」と言わせてしまう要素といえます。
 日本の技術協力は、IAEAが実施しているプロジェクトSupporting Sustainability and Networking of National Nuclear Institutions in Asia and the Pacific Region、 RAS0065「アジア/太平洋地域の持続性と国立原子力研究機関のネットワーク化の支援活動(2011~2016年)」の一環として位置づけられています。本プロジェクトの中で、2015年から2016年にかけて、アジア5ヶ国(フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、スリランカ)で、日本の放射線教育の事例を自国の学校教育に試験的に導入 する活動が行われていて、各国からの強い要請とIAEAの指名により東京大学の飯本武志教授が専門家派遣の技術協力を継続して行っています。このIAEAのNST人材育成に関する技術協力プログラム(第Ⅰ期2012~2016年、第Ⅱ期2018~2021年)にフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、スリランカ、ヨルダンの6か国がこれまでに公式のパイロット国に選ばれ、 2018年の後期にはオマーンとモンゴルの追加参画が認められました。その中でTeam Japanの一員として前述しました飯本教授とヨルダンでの放射線教育活動に参加しました。私は日本では放射線教育活動を進めてまいりましたが、海外での活動の機会を頂きましたのでそれを踏まえ、放射線教育についての歴史と課題を述べます。
 フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、スリランカ、いずれの国でも従前からの中等教育 (日本では中学校、高等学校に相当する)の必須項目には系統的なNSTの分野はなく、選択教科の中でわずかに扱われているに過ぎませんでした。このような背景の中で、原子力のエネルギー利用のみならず、医療、工業、農業分野等でNSTが果たす多様な役割を、原子力災害の経験や放射線リスクなどの弱点と共に広く教育することを目的に、各国の状況に見合うよう教育プログラムの策定を各々のパイロット国がチャレンジをしているところです。
 我が国からの事例紹介のひとつに、2時間放射線教育モデルモジュール (座学+霧箱実験+「はかるくん」(教育用放射線サーベイメータ)実習)があります。2016年までの活動においては、日本で長年の実績がある放射線教育2時間カリキュラム(放射線の基礎講座、霧箱実験、「はかるくん」の測定実習)をそのまま、あるいは国によってアレンジをして試験導入してきました。ヨルダンにおける技術協力も、これまでの先行した国々と同様に、日本型のカリキュラムにあわせて、講義や意見交換などを実施しました。講演や実習を通じて、ヨルダンの教育関連省庁や原子力エネルギー関連省庁、原子力研究所等の職員、学校の教員と放射線教育に係るツールやノウハウが共有されました。また、技術協力におけるアドバイスとして、より質の高い、効果的な教育を維持するために、今回の講義や実習はベースとなるものでどこまで工夫をしたら良いか常に考えて欲しいことを学校教員の方を中心に伝えました。そして今回共有されたものを、「ヨルダンの政治や歴史、文化といった背景や状況を踏まえて、今後、自国の教育体系として発展させることが重要である」と飯本教授が大切なポイントを伝え、終了いたしました。
 IAEA技術協力プログラムでは、前述の通りWOW factorを教育モジュールにどのように盛り込むかが大きなポイントとなりましたが、このモジュールでは簡単な放射線実験実習を組み込んだ点が解答の一つになっています。当日は、座学のPartⅠ(約1時間)と放射線実験のPartⅡ(約1時間)の2部構成で行いました。座学では、事前に提示されたキーワード群(身のまわりの放射線、放射線の利用、放射線と放射能、単位(BqとSv)、放射線リスク(人体影響)、放射線の防護等)を講義します。日本の教育ではすべてを網羅しがちでありますが、海外では、教育実施の目的や現場の状況に応じて2から3項目に大胆に絞り込み講義を行うことがポイントといえます。
 これらの活動からのフィードバックを活かし、今後の課題としては、独自にさらなる放射線教育ツール、モジュールの開発に視野を広げていき、教育用次世代型環境放射線サーベイメータ、通常工作する霧箱ではドライアイスが必要なため、様々な国で電源を確保できる大視野のペルチェ冷却式霧箱、昆布等の自然物質を材料とした放射線源等があげられます。特に海外においては、学校現場に適した教育用ツールや放射線源を、どのように入手し、上手にかつ安全に扱えるかが、今後の重要な検討課題となります。
 将来に向けてのエネルギー確保の話題は、アジア太平洋地域における各国の共通かつ緊急の課題でもありました。一方、多くの一般市民にとっては 「原子力」といえば電力エネルギーに関連した位置づけのみで理解されがちでありますが、実は医療、工業、農業等の領域でもNSTは歴史的にも、現時点においてもきわめて重要な役割を果たしていることを教育しなければならないといえます。
 「科学的に思考、吟味し活用する力」「価値を見つけ出す感性と力、好奇心・探求力」、これらの力を身に着けるための思考の基盤をつくるためにSTEAM教育を推し進めることが今後の課題となると考えます。またNSTがもつメリットだけでなく、導入に伴う事故や放射線の人体影響、放射性廃棄物の管理等の課題にも目を向けたバランスの良い安定的な教育の追求も同時に行っていく必要があるといえます。
 海外活動の成功や現在の日本での放射線教育活動の成果は、日本の長年にわたる放射線教育の実践と支援活動の成果が基盤となっており、日本の放射線教育の関係者の方々すべてにとっての共通の成果であると考えられ、多くの方々に感謝を申し上げます。

1)飯本武志、 高木利恵子、 掛布智久、 戸田武宏、 高橋 格; アジア太平洋地区の中等学校における原子力科学技術教育の展望と課題;保健物理;52(2)、 107-113(2017)
2)飯本武志、 高木利恵子、 掛布智久、 戸田武宏、 高橋 格、若林源一郎、飯塚裕幸、真壁佳代、小足隆之;環境と安全論説(2018)

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