第7回
東日本大震災と原発事故から10年を経た今、放射線教育について思うこと
校長
阿部 洋己
震災10年目を迎えて、震災時のことをあらためて思い起こしていました。
2011年3月12日の福島第一原子力発電所の1号機が水素爆発を起こしたテレビでの映像。その映像を私が見たのは、前日の東北地方太平洋沖地震の対応のために、福島県の県北保健福祉事務所の2階で電話対応等をしている時でした。
「この後、どうなるのだろうか」「放射線等に関して、福島県の学校教育では、新たに何か取り組まなければならいのでは?」と頭に浮かんできたことが今でも鮮明に思い起こされます。当時、私は福島県教育庁県北教育事務所に勤務していて、教育事務所のあった福島県庁東分庁舎が地震により大きなダメージを受けて庁舎の使用が禁止され、3月11日の夕方から保健福祉事務所に教育事務所の機能を一時的に移していました。12日は土曜日でしたが、学校や教職員、児童生徒の被害状況の把握などの情報収集にあたっていました。翌月曜日の14日には、県立高校の合格発表を予定したため、12日の午前中は、14日に予定されている合格発表の延期について、県北地区の県立高校の校長先生方に電話でお伝えしたところでした。その後、私は義務教育課に異動して放射線教育を担当し、新たな取組みや教育内容の策定に関わることになるのですが、この時にはまったく考えもしていませんでした。
あれから10年が経過した現在、福島県内の多くの学校では放射線教育の必要性や重要性が強く認識され、全ての公立小中学校で放射線教育が実施されるようになりました。
その一方で、「放射線教育は教育委員会からの指示で年間指導計画には位置づけをしているものの必要性や重要性、その目的すらすでに終えている」と考えている教職員も少なからずおられると思います。この原因としては、震災や事故の風化が大きいのかもしれませんが、福島県内において放射線教育を学校教育で展開する「目的」が十分に教職員に浸透していない、伝わっていないことこそが、より問題として大きいのではと最近思えるようになりました。
平成24年度以降の公立小中学校の教育課程の中に、放射線教育を位置付けることは毎年確実に継承され、一定の成果となっていることは間違いないことだと思います。ただ、平成23・24年度に策定した指導案をほぼそのまま授業に取り入れて、現時点の実態や実情に合わない状況で実施されていることもあるようです。
具体的な事例をあげてみましょう。福島第一原子力発電所事故直後、通学路や校庭等にいわゆる「ホットスポット」がありました。校庭や通学路に線量計を持ち出して測定を実施し、地図上に「ホットスポット」の場所を明らかにし、日常生活や学校生活では「ホットスポット」に近づかない、どうしても近くを通る時には、できるだけ短時間で等と注意喚起をするような授業がありました。しかし現時点において、学校や通学路等の日常の生活圏の「ホットスポット」は無くなっています。事故当時とは違い、測定してきたデータがどのデータも低い値を示しているのにもかかわらず、その中での最高値を無理に高線量であるかのように指導する場面を見かけました。
「どこも低い」ということの確認や、「放射性物質の飛散等が起きた時にはこのようにして気をつけなければならない場所を探しましょう」という授業展開なら問題ないと思います。何のために放射線教育を実施していくのかの「目的」をしっかりと設定してもらい、地域や児童生徒の実態把握をしっかりすることが大切だと思います。
また、根本的な放射線教育の難しさも最近強く感じています。それは、放射線等の基礎知識や基本的な性質を理解しても、多くの人にとって知りたいことである「人体への影響」、もう少し簡単に言うと、「体に対して安全なのか、そうではないのか」という結論にいきつくには、他の様々な知識や理解を必要とするということです。放射線教育を推進している、理科系の知識を持つ人にとっては、自分自身が既に理解している生物学的、医学的な知識で、体や組織、細胞レベルにおける、様々な健康に影響を及ぼす大きな要因やメカニズムをイメージしているはずです。そこに、放射線の基本的な性質を理解することによって、がん等への発症リスクを推しはかることができることで、「この程度なら特に問題ない」や、「この量だと、少し高いので気をつけた方がよいかもしれない」などと、自分自身で判断をすることができています。しかし、このように、自分自身で理解し判断できる人は、限られているということです。放射線についての教育は中学校理科から外れていた期間が長く、文系の教科や科目を選択して学習してきた多くの教職員にとって放射線について学習する機会のなかったことが、放射線教育の指導の難しさに繋がっていると思われます。
放射線等に関しての科学的な理解は、福島県というよりも全国でだれもが身につけていなければならないものだと思います。その点からも、小学校学習指導要領への「放射線に関しての科学的な理解」に関する内容の位置づけは極めて重要な意味を持つと考えています。福島県としても、事故直後からの国への要望事項として入っていたことですが、ぜひ次回の改訂の際には検討していただきたいと思います。
最後になりますが、事故直後から10年間、多くの方々の支えや援助により、福島県としての放射線教育の推進に関わらせていただきました。ご支援やご指導を頂いたみなさまにあらためて御礼を申し上げますとともに、今後も私自身で関わりの持てることを見いだしながら、放射線教育の推進に寄与できればと考えております。