NPO法人放射線教育フォーラムは2020年度の「放射線教育フォーラム第1回勉強会」を2020年11月29日に開催した。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今回は東京の会場で開くことができず、オンライン形式での開催となった。その一方で、首都圏以外の参加者が増えるなど、これまでにない傾向も見られた。
■自分を物語ることでコンフリクトをマネジメントする
最初に、元東京慈恵会医科大学総合医科学研究センターの吉澤幸夫氏による「コンフリクト・マネジメント~認知の齟齬を対話により乗り越える~」と題した講演があった。人の考え方の違いによって生じてしまう衝突について興味深い話題を取り上げた。コンフリクトとは、紛争・衝突・対立・葛藤を意味する言葉で、社会のいろいろな場面で見られるとのこと。このコンフリクトのある状態が生じてしまうと、例えば放射線の知識をいくら正しく伝えても相手から拒絶されるという。
では、このコンフリクトはどうすれば乗り越えることができるのか。人間関係が現実を生み出すとする理論(社会構成主義)では、「人は自分なりに構築しているドミナント・ストーリーの中で『現実』を捉えていると考えられる」と吉澤氏。このストーリーは人によって異なるので、社会的なコンフリクトは必然的に生じる。「だからマネジメントが必要で、それには対話の中で自分の物語を語る『ナラティブ』が重要になる」とのこと。
具体的には、当事者との対話を大切にしながら、お互いに「現実」と思っていることを話し合っていくと、相手を理解しようとする気持ちが自然と強くなる。その中で「こんなケースもある」と他のストーリーを示すと、当事者の中で新たなストーリーが構成されていき、コンフリクトのマネジメントが可能になっていくという。
吉澤幸夫氏(元東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター)
■クルックス管プロジェクトが最終段階へ
2021年度から中学校では新学習指導要領が全面実施される。特に中学校理科(2年)では、新学習指導要領に「真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること」が新たに明記され、大阪府立大学放射線研究センターの秋吉優史准教授らは「クルックス管プロジェクト」を立ち上げ、3年間にわたり中学校の教育現場を調査し、クルックス管実験におけるガイドラインの策定を目指してきた。今回の勉強会では「クルックス管プロジェクトの着地点~新学習指導要領全面実施を前に~」と題して、現在のプロジェクトの状況が報告された。
「日本全国の中学校の先生方にご協力いただき、クルックス管の実態調査を実施した。暫定ガイドラインとして示したクルックス管を10分間使用して、1m離れた場所での被ばく線量を測定したところ、そのほとんどは国際的な免除レベルの10μSv以下(実効線量換算)だった」と報告。「調査した191本のうち、4本だけが10μSv以上であり、最も線量の高い1本は42μSvと評価された。少量かもしれないが、日本全国で詳しく調べたら、このようなクルックス管が出てくるかもしれない。学校の先生が自らスクリーニング調査できる手段を提供する必要がある」と指摘した。
「理科室に備えられていることが多い箔検電器、放射線教育支援サイト“らでぃ”で無料貸出している放射線測定器『KIND-mini』などを利用すると、漏えいエックス線が高いのか低いのかを知ることぐらいはできる」と秋吉氏。今後は、日本保健物理学会の学会標準として、クルックス管の運用ガイドラインをはじめ、測定方法やQ&Aなどを広く知らせる予定とのことだった。
クルックス管プロジェクトで示した暫定ガイドライン
■これからの放射線授業を展望する
中学校の元理科教諭で、全国中学校理科教育研究会(全中理)元会長、現在は全中理支援センターの高畠勇二代表理事が「これからの中学校理科教育が目指すもの~新学習指導要領改訂の方向性と放射線教育~」と題して、新学習指導要領での放射線教育について自身の考えを語った。
高畠氏は法的な根拠から話を始めた。まず、学校教育法の改正で学力の三つの要素が示され、その流れで新学習指導要領の中でも「育成すべき資質、能力」として三つの柱「知識及び技能の習得」「思考力、判断力、表現力等の育成」「学びに向かう力、人間性等の涵養」が示されたと指摘。その結果、「何ができるようになるのか、そのためにはどのように学んだらいいのかという点が強調された」と解説した。
では、その放射線について中学生はどのように学ぶのか。高畠氏は再度、新学習指導要領に書かれていることを紹介。理科では、いろいろな単元で生徒が自ら観察や実験をして何かを見いだして理解していくことが求められ、「放射線を教える時にも観察や実験を加えていかなくてはならない」と強調。2年生と3年生の放射線の授業で行われるべき観察や実験を示しながら、具体的に授業計画の私案も例示した。「ただ理科の年間授業は140時間で、そのうち放射線教育に割ける時間は1時間程度。社会科や技術家庭科と関連付けるなどの工夫が放射線教育の充実につながる」と、他教科との連携の重要性についても言及した。
想定される授業展開(2年生)
■エックス線の実験を取り入れてみたい
最後に質疑応答の時間となった。中学校教諭の参加者から「クルックス管から放出されるエックス線を利用して、歯科用のレントゲンフィルムを感光させるという実験をしてみたい。注意すべき点があれば教えてほしい」との質問があった。
秋吉氏から、「レントゲンの実験をするには高い線量が必要。クルックス管プロジェクトで示した暫定ガイドラインでは、授業の中でこの実験をすることはおそらく難しいだろう。予め授業時間外に安全管理を徹底して先生の方で準備をして、授業では感光したフィルム(結果)だけを紹介するような方法が考えられる」と説明した。
高畠氏は、放射線に関する実験は、放射線が出ている点だけがクロースアップされて、保護者に抵抗感のようなものを持たせてしまう場合もあると指摘。「クルックス管からどのようにエックス線が放出され、その量、そしてどうすれば防護できるのか。観察や実験を通して、生徒は何を学ぶことができるのかを明確にしておくことが重要だ」とアドバイスしていた。
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