当時と比べて「今の自分たち」を発信へ!
=放射線や風評被害を学び地域の一員になる=
福島第一原子力発電所事故があったとき、自分たちの住む地域で何があったのか。当時を知り、今に続く風評被害を理解し、それを解消するために自分は何ができるかを考えて取り組み、“自分ごと”として発信していく。そんな放射線教育の授業が福島県の南相馬市立太田小学校で実施されている。2019年11月、その授業の一コマが公開された。保護者や県内外の人たちが、南相馬の子どもたちを育てようと協力していた。
創立は明治6年。田園風景の広がるのどかな農村地帯に建つ。校舎の裏に太田川が静かに流れ、そばには「相馬野馬追」で有名な太田神社がある。2011年の福島第一原子力発電所事故の影響で一時的に閉ざされ、134名の児童がこの学校を離れて学習することになった。2012年1月、避難指示が解除されて再開。現在の児童数は約50名。小規模・少人数であることを利点とした学校教育を進め、「進んで学ぶ子ども」「思いやりのある子ども」「たくましい子ども」の育成を目指している。
南相馬市立太田小学校
■今が「普通」で風評被害がわからない―高田昌幸校長
「福島第一原子力発電所事故の日が遠くなるほどに、小学生たちの記憶は少なくなっていきます。東北地方太平洋沖地震や福島第一原子力発電所事故が発生したとき、今の小学生は生まれたばかりか、まだ生まれていませんでした。福島県内でも、小学生にとって当時の様子や、その後に起きたことをほとんど知らないんですね。南相馬市の小学生たちも同様で、福島第一原子力発電所事故についてよく知らない児童も多くて、ましてや風評被害になるとほとんどわかりません。この地域は稲作が盛んなのですが、事故の影響でそのお米が安くなったり、売れにくくなったりして、今は家畜などに食べさせる飼料用米としてつくられていることが多くなっているんです」と太田小学校の高田昌幸校長は語る。
子どもたちは東日本大震災前の記憶を持っていないため、今の状態を「普通」と思ってしまうところがあるようだ。「だからこそ、この地域で事故があった当時、どんなことがあり、その後、どんな風評被害が生じたのかを地域の方たちから直接話してもらうことが大事だと思っています。地域の方との関わりの中で、児童が地域の一員であることを自覚していって、現状をどのように変えていけばいいのかと考えていく。そんな授業をつくっているんです」
この学校ではメディア学習にも力を入れている。取材などを通じて、地域の人たちと子どもたちがつながることで、郷土の歴史や文化、自然、産業など、自分が住んでいることに関わるいろいろなことを学び、映像に記録して発信してきた。
放射線教育でも、子どもたちは単に放射線の知識や事故のこと、風評被害について学ぶだけではなく、最後は学んだことに基づいて表現する活動を積極的に取り組むことで、放射線教育とメディア学習の相乗効果を図っている。
高田昌幸校長
■地域の人が風評被害の今を語る
11月29日、全学年の授業が公開された。中でも、6年生の教室では、アドバイザーとして、南相馬市太田生涯学習センターの紺野昌良所長、太田小学校学校評議員の吉田弘美氏、放射線の専門家である鳥取大学の北実助教が招かれ、風評被害について自分は何ができるかを考えていく授業が実施された。指導者は、担任の熱海祐一郎先生。児童は8人。
6年生は、これまでに学級活動を通じて、地域の「語り部」から事故で起きたことや、放射線の専門家から基礎知識などを学んできた。この日は4回目の授業。次の最終回では、みんなで風評被害を払拭するためのパンフレットをつくり、県内外に発信することになっている。今回は、アドバイザーなどから話を聞いて、パンフレットで発信する内容について考えていく。
授業は前回の授業で話し合った風評被害の復習から始まった。「福島県ではどんなことがありましたか?」と先生が問いかけると、子どもたちが手をあげて「いじめがありました」「つくった食べ物が売れなくなってしまった」「観光客が減った」「漁獲量が減った」と振り返った。
続いて、熱海先生が「それでは、この地域にも風評被害があるのでしょうか、あるとすればどんなものでしょうか」と児童に問いかけると、アドバイザーの紺野所長がゆっくりと落ち着いた声で話し始めた。
「福島第一原子力発電所事故から4カ月後、この南相馬市で飼われていた肉牛から国の基準を上回る放射性セシウムが検出されました。その約2年後、試験的にお米をつくってみると、太田のお米からも放射性物質が検出されました。とてもショックでした。しかし、平成26年以降、基準値を超える放射性セシウムは検出されなくなりました。ホッとしました。でも、放射性物質が出ていないのに、米の値段は以前よりも下がったままで、スーパーでも陳列されないままになってしまいました。今、ここのお米はレストランや食堂など、産地が見えないところで多く食べられるようになっています」
この話を受けて熱海先生が「この太田でも風評被害があるんですね」と語ると、子どもたちは小さくうなずいていた。その表情を確かめつつ、「この風評被害をどうすればなくせるかを考えましょう」と導いた。
そして、かつてこのクラスでメディア学習を支援した大学生が寄せたメッセージを朗読。そこには「皆さんの元気の姿を見て、放射線への不安は吹き飛びました。みんなの頑張りが南相馬の復興につながると思います」という思いが綴られていた。熱海先生は「今の自分たちを伝えることが、説得力のある発信になりそうですね」とヒントを出しながら、「これから、放射線と今の自分たちの関わりについて話し合ってください」と告げ、グループワークの時間となった。
アドバイザーから福島第一原子力発電所事故が起きた当時の話を聞く。
■事故当時と今の自分を比べていく
子どもたちはまず、アドバイザーが語る事故当時の話に耳を傾けた。南相馬市では、ほとんどの市民が避難したことや、残った人もしばらくは食べ物やガソリンがなくて困ったことなど、実体験をした人から話を聞くことで、子どもたちは当時の苦労の大きさを感じ取っていた。「その放射線の量は、やがて下がっていき、市民の人たちもここに少しずつ戻ってきました。だんだんと日常が戻り、今はみんなも知っている通り、南相馬市のどこに行っても安心な状況になっています」と明るい声で話が続くと、子どもたちにも笑みが浮かんだ。
児童らはアドバイザーの話を聞きながら、話の節目で自分たちが気づいたことやわかったことを互いに確認。一人の児童が「放射線の量が今はかなり減ったことがわかりました」と発言すると、アドバイザーは「そう。当時、学校でも外での活動が許されなかったけれど、今はみんな外で体育ができたり、遊んだりできますね。それは、校庭の土や砂を入れ替えるなど、少しでも放射線量を減らそうと思って、みんなで努力したからなんですよ」と語った。子どもたちも「太田地区は避難指示が解除されていることや外でも元気に体を動かせるところであるとわかりました」などと呼応。少しずつ事故当時と今の自分を比べていった。
そして、未来に向けた今の取り組みについて語り合う時間に。「新しい公園ができた」「復興に向けた施設がつくられている」「ケーキ屋さんなどのお店が再開している」など、気づいたことを話しはじめた。アドバイザーは「福島イノベーション・コースト構想」という国の事業の一環で「福島ロボットテストフィールド」が南相馬市につくられたことや、市も子どもの遊び場を積極的につくっていることを説明。「みんなが何の不安もなく、のびのびと体を動かすことができて、やがて未来を担っていってくれるといいなと思っています」と話していた。
アドバイザーの話を聞いて気づいたことや、グループ内で意見を交換したことを大きなワークシートに書き込んでいく。
■自分の身のまわりのことに目を向ける
授業が終わりに近づき、グループ発表の時間となった。児童たちは「事故当時、地域や学校の放射線量は高かったけれど、今は放射線の量が減った」「当時は、南相馬の農作物や食品の一部に放射性物質が検出されて、心配されて食べられなくなったけれど、今は安全で、いろいろなものが食べられるようになった」「観光客は減ったけれど、ロボットテストフィールドや高見公園などが復興のためにつくられた」など、事故当時と今の違いを明確にしながら、今日の授業でわかったことを伝えていた。
保護者らも熱海先生に促されて発表。「当時は、マスクやガラスバッジの着用がほぼ必須でしたが、今は放射線のことを気にせず毎日を過ごすことができています。また、当時は地元産の農産物を食べるのを控えましたが、今は測定済みのものが売られているので、安心して食べることができるようになりました。新しい品種もつくられています」と、子どもたちが気づいていないことに言及していた。
最後に、家鳥取大学の北実助教は、どのグループ発表も、現在は元気に毎日暮らしていることを伝えていた点が共通していたと指摘。「実は、この点が県外の人が知らないところなんです。皆さんが元気で過ごしていることが県外の人に知られていないことに風評を生み出すきっかけがあるのかもしれません。皆さんにとって当たり前の日々を伝えることが、風評の払拭につながると思います」と助言した。
授業を終えた熱海先生に、この日の授業を振り返ってもらった。
「子どもたちが、自分と放射線との関わりについて考えることができたかなと思っています。風評被害についても自分ごととして捉え始めてくれるはずです。今回の授業では、パンフレットで発信する内容を考えたわけですが、県や市のパンフレットをなぞったものをつくっては意味がありません。自分たちだから伝えられるものを求めて、遠くにいる人の話を聞きながら、保護者や地域の人の話も聞いて、自分の身のまわりのことに目を向けてくれたらうれしいですね」
子どもたちと同じワークをした保護者も発表。
Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団