授業実践

ホーム > 実践紹介 > 授業実践

教員向け研修会

放射線教育授業実践事例42:福島県立安積高等学校

 

放射線の科学から復興の課題まで考える
 =教科横断の集中授業で―福島県立安積高等学校=

 

 福島県立安積高等学校で、放射線について科学的に学んでから社会の問題について考え議論していく教科横断の授業が行われた。夏休み期間中の7月24~26日に実施した特別授業で、1年生から3年生の希望する生徒が受講。先生の熱意が生徒たちに伝わっていく「白熱授業」だった。

 


夏休みとはいえ校内では特別授業のあった福島県立安積高校

 

■授業名から「放射線」を外して普遍的な授業に
 福島県立安積高校で物理を担当している千葉惇先生は、放射線を教える特別な授業を毎年行っている。内容は理科の範囲にとどまらない。福島県の復興など、放射線に関わるさまざまな社会的な問題と向き合える力を養うための約5時間の連続授業だ。

「あの事故から8年がたちました。さまざまな検査結果が出て、それを受けて、福島の人たちが放射線のことを気にしなくなってきています。この状況下では、単に放射線の知識を教えるだけでは足りません」と千葉先生。特別授業の名前についても、これまでは『放射線と福島の復興についての授業』だったが、今年度から「放射線」を取り去り、『福島の復興についての授業』とした。単に放射線の知識は知ることよりも、復興について考えることが主題となったと考えたからだ。
 

授業の狙いを語る千葉惇先生

 

 今の放射線教育に求められているのは「グローバルな視点です」と千葉先生。科学教育の一つとして放射線を学び、その科学的な知識や考え方を土台に社会的な問題も考えていけるようになれば、さまざまな社会問題を世界のどこにいても自ら考え、判断し、行動できるようになる。「福島の特殊な事例を学ぶのではなく、そこから普遍的な力を身に付けられれば、例えば2016年に起きた東京の豊洲市場における土壌汚染問題についても考えることができますよね」と千葉先生。

 

■まずは放射線を科学的に学ぶことから
 13時20分、授業がスタート。終了するまでの4時間40分間、千葉先生が一人で教え続ける。受講のチャンスを増やすため、3日連続で同じ内容の授業を開講。取材した2日目(7月25日)の参加者は1年生から3年生まで22人。その前日と翌日の参加者と合わせると、計58人の生徒が受講した。

 

 冒頭、千葉先生は生徒たちに語りかける。
 「この授業では、放射線を学ぶだけではなく、科学的に考える大切さを学びます。科学的とは、量的かつ論理的であるということです。君たちには、科学的に考えられるようになって、自分なりに判断できるようになってほしい。その力は、放射線が関係する問題だけでなく、さまざまなところで役立つと思っています」

 


生徒たちにとって一生忘れられないだろう「白熱授業」

 

 この日、千葉先生が用意したスライドは650枚以上。まさに「白熱授業」。スライドには、引用したデータや情報、図版については出典が示されている。生徒が自分で一次情報を調べられるようにするためだ。先生の熱意が教室に満ちていく中、生徒たちは真剣にスライドを見て、早口の先生の話に耳を傾け、必死にノートを取っていく。生徒は大量の知識を頭に入れていくが、千葉先生の迫力に押されて、集中力は切れない。

 

 放射線についての科学的な知識は、高校1年生にも伝わるようにわかりやすく説明。といっても、放射線の性質を原理から本質的に理解できる内容で、その量は教科書よりもはるかに多かった。2時間目に入ると、今度は実験を通して放射線を定量的に理解する内容へ。放射線測定器と線源を使って、放射線が遮蔽できることや、放射線の量が距離の2乗に反比例することなどを確認した。

 


距離や線源の違いなどで放射線の線量がどのように変わるか、その特性を定量的に理解していく。

 

■社会的な課題に広げて議論する
 3時間目からは福島の復興に関わるトピックが取り上げられ始めた。生徒たちは、まず放射線による生体への影響を学習。それをもとに福島の現状(線量の他県との比較、福島県産品の放射性物質検査の結果)と現在の空間線量によるがんリスクについても学習。放射線物質検査の基準値に達した食べ物を食べ続けた場合の預託実効線量のリスクを、放射線副読本に基づき他のリスク(野菜不足や喫煙など)と定量的に比較した。また、放射線の遺伝的影響の可能性が限りなく低いことを述べた。さらに4時間目から5時間目にかけては、福島第一原子力発電所の事故と風評被害・偏見の実態と原因およびその払拭、そして被災地の支援について学びを展開していった。

 

 千葉先生は風評被害について語る前、生徒たちに「深呼吸をしよう」と声をかけ、一緒に大きく息を吸って吐いた。そして、さまざまな事例を出し、またその報道の問題点を説明。その一方で、現状を正しく伝えようとする人たちや、風評を払拭しようと活動する人たちなども紹介。復興には県外から協力してくれる人たちも多くいることなどをていねいに伝えていった。
 そして、いよいよ授業の最後。生徒同士による話し合いとなった。千葉先生は改めて科学とは論理的で量的であることを伝えてから、社会で何をするかしないかは科学の知見を超えた判断が必要となることや、そのためには科学的に考えたり、他の人と科学的な知識やデータを共有して議論したりすることが大事であると強調。生徒たちはグループにわかれて話し始めた。議論のテーマとして提示されたのは、「東日本大震災の教訓として何を次の世代に残しますか」と「自分はこれからどんなことをしたいと思いますか」だった。

 


模造紙に自分の意見を記入してはりつける。



付箋がついた模造紙を張り出して思いを共有する。

 

 生徒たちは自分の考えや意見を付箋に書いて、それを発表しながら紙の上に張り出していく。どんな考えや意見でも、一人の生徒の発表が終わると拍手が起きた。発表時、生徒たちから「子どもたちには福島県ではない人がたくさん力を貸してくれたことを伝えたい」「正しい情報を共有して、正しくない情報が広まることを防ぎたい」など、積極的に自らの考えを発言する生徒が多かった。

 

■福島の現状をもっと伝えていきたい
 千葉先生は授業の最後、次のように締めくくった。
 「デマも差別も知識がないことから始まります。それをなくすことが勉強する理由の一つだと先生は考えています。その勉強をした上で、どのように考えて判断し行動するかは、各自の自由です。福島の復興に対する考え方は一人ひとり違います。大事なのは、意見の多様性を重んじて、互いに考え方を認め合い、各自の選択を尊重すること。何よりも知ること、そして思考力・判断力・表現力を育成することが大切です。これから取り組まなくてはならない社会の課題は山積みで、若い世代の合意形成がとても大事になってきます。だからこそ、これからも話し合っていきませんか。そして、ここで得た福島の教訓を他の場合にも応用してほしいと思っています」

 

放射線への理解だけではなく、福島の復興をメインに。

 

 授業を受けた辻結衣さん(1年生)は、それまで放射線の授業を何度も受けてきたが、「今回の授業が一番衝撃的で一番深く興味を持てた」と語っていた。「小学校や中学校のときは知識を得るだけで、自分でしっかり考えようとはしなかった。でも、今回は違った。例えば、福島の食品をどんなにたくさん食べても規制値を超えるような量には到底ならないと理解できました。福島の現状がもっと広く知れ渡るようになればと改めて感じたし、もっと伝えていきたいと思いました」と力強く話した。

 

 また、高畑歴輝さん(1年生)は、「高校生でも18歳になれば選挙に参加できるけれど、いろいろな知識がないと誰に投票すればよいかわからなくなる。そうならないためにも、知識を学んで社会的に考えることが大事だと思いました。情報はインターネットで簡単に調べることができるけれど、そこから得られた知識はそのときしか役に立たないように感じました。今回の授業では、正しい知識と、その知識を使って考えるやり方を身に付けられたと思います。きっと長く役立つと思います」と、少し興奮気味に話していた。

授業の感想を語る辻結衣さん(上)と高畑歴輝さん(下)

Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団