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中学生にも自然放射線の観察を―名古屋経済大学市邨高等学校が理科教師に講座

 

 令和元年8月29日、愛知県名古屋市の名古屋経済大学市邨高等学校で「中学校理科で使える高校理科の技術」と題した講座が開かれた。中学校の理科の先生に向けた内容で、身の回りに存在する自然放射線を観察できる高性能の霧箱をつくったり、新しい学習指導要領で復活することになった実験装置のクルックス管を安全に取り扱うやり方について学んだりした。

 

 

  高感度霧箱で自然放射線の飛跡を見る 

 

■学習指導要領の実施を前に中学教師に

 中学校では、新しい学習指導要領(平成29 年告示)が令和3年度(2021年度)に全面実施される。あと2年を切り、「いよいよ」という感じが強まってきた。理科分野では、第2学年と第3学年で放射線を学ぶことになる。中学生に放射線をどう教えればいいのか。そんな課題意識を持つ中学校の理科の先生たちに、名古屋経済大学市邨高等学校の先生たちが高校理科のノウハウを伝えようと、夏休みに特別講座を開いた。

 昨年度も同様の講座を開いたところ「とても好評だったので、今年度も同じ趣旨で開くことにしました」と、中心的な役割を担う大津浩一先生(理科教諭)。この日は、愛知県内の公立中学校の理科の先生のほか、市邨高校の先生、科学研究部の生徒たちも参加。総勢24人が午前から午後にかけて計4時間の講座に臨んだ。新学習指導要領の実施が近づいてきたためか、中学校の先生たちの表情からは真剣さがうかがえた。

 

        霧箱を製作中        

 

 ■身の回りにある放射線を実感できる

 今年度の講座も「林式高感度霧箱」の製作から始まった。これは元高校教諭の林煕崇先生(現在は、名古屋大学理学研究科素粒子物理系基本粒子研究室(通称F研)客員研究員)が開発したもので、特徴は自然放射線の飛跡を見ることができること。通常、手作りの霧箱は線源を入れることが多いが、林式は感度が高く、線源がなくても身の回りにある放射線でも飛跡を観察できる。

 この霧箱は開発以来、ずっと改良を重ねてきたものであり、今回は箱の底にはめる受け皿の銅板の厚さが昨年度のものに比べて3倍、その高さが2倍になったことが改良点とのこと。ドライアイスによる冷却がより効率的になったことで、過飽和層がさらに厚くなった。

 このように10年以上にわたって改良されてきた霧箱は随所に工夫が凝らされている。その構造の複雑さから製作には時間がかかったものの、最後には全員無事に完成させることができた。ドライアイスの上に霧箱を置き、燃料用アルコールを入れて、箱の上をラップでふたをして輪ゴムで固定してしばらくすると、LEDライトの明かりの中で自然放射線の飛跡が見え始めた。「あー」「見えた」「わー!」という中学校の先生たちの声が教室のあちらこちらから上がった。

 この講座を企画した大津先生は、放射線について何も知らない子どもたちが「身の回りにある自然放射線を見る(可視化する)という体験が大事だと思っています」と強調する。「自然放射線を見て、身の回りに放射線があることを知り、『ここにあるということは、他の場所にもあるはず』という子どもたちの気付きから放射線を学んでいくことが、正しい理解につながると考えています。それが放射線の種類による違いや人体への影響の理解につながり、リスクを判断できる力になります」と大津先生。中学校でも自然放射線を生徒に見せてほしいと思い、線源がなくても見える霧箱を先生たちに実際につくってもらい持ち帰ってもらう講座を開くことにした。

 

   作り上げた霧箱で自然放射線を観測   

 

■クルックス管からは高い線量のエックス線が漏れ出ている可能性がある

 午後は座学となり、霧箱の仕組みやそこで見えた放射線についての解説など、放射線教育に関わるさまざまな話題が提供された。

 その中で、秋吉優史先生(大阪府立大学放射線研究センター准教授)が、クルックス管から漏れ出るエックス線について報告。装置によっては電源の設定を誤るとエックス線が多く漏れ出る恐れがあると注意を促した。また、クルックス管を安全に取り扱うためのガイドラインをつくるプロジェクトを展開していることも紹介。現在、日本全国の中学校にあるクルックス管の実態調査を行っており、その調査に協力してほしいと呼びかけていた。

 司会の大津先生が、中学校の先生たちに、クルックス管からエックス線が漏れ出る可能性があると知っていたかと尋ねると、10人の先生のうち知っていたのは2人だった。この講座では、クルックス管を安全に使う方法についても具体的に説明。中学校の先生たちは熱心に話を聞いていた。

 

午後は座学でクルックス管の扱い方などを学んだ

 

■改良霧箱で、自然放射線と安全性を教え続ける

 本講座を受講した奈良大先生(名古屋市立長良中学校教諭)は、「毎回少しずつ改良されていて、そのたびに自然放射線が見えやすくなっています。昨年度は、授業でもこの霧箱を使いました。ドライアイスを一度用意すれば、その日はずっと観察できるので、この霧箱で3年生たちに自然放射線を見せてから各自にコンパクトな霧箱を自作させて観測させました。今年度は1年生の担当ですが、どこかで生徒にこの霧箱で自然放射線を見せたいと思っています。自分の目で確かめた経験があれば、2年生で放射線を測定するときも理解しやすくなりますし、3年生で発展的なこともできるかなと考えています」とのこと。

 クルックス管の取り扱いについても、「学校にあった6つのクルックス管を調べたところ、その中の2つのクルックス管からエックス線が多く出ていることがわかりました。その2つのクルックス管については、授業では直接使用せず、教材研究用として教師間で安全性を確保しながら、活用したいと考えています」と語っていた。

 大津先生たちは、来年度も講座を開き、中学校の先生たちにクルックス管を持ってきてもらい、それを使った活動を考えている。「新しい学習指導要領になれば、中学2年生から放射線を教えることになります。高校入試にも出るでしょう。先生たちはさらにしっかりと教えてくれるようになると期待していますし、中学校や高校で放射線教育をきちんと実践することは、単に生徒たちが科学的な知識を増やすだけでなく、例えば福島の風評被害をなくすことや、福島の人たちの人権を守ることにもつながると思っています」と大津先生は語った。

 

   左から大津先生、林先生、秋吉先生   

 

 

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