NPO法人放射線教育フォーラムは2019年6月16日(日)、今年度の「第1回放射線教育フォーラム勉強会」を東京慈恵会医科大学アイソトープ実験研究施設で開いた。理科以外の教科書で書かれている放射線のことや、生活科学における放射線の利用、大学の教員養成系学部や被災地での放射線教育に関わる話題が提供された。さまざまな学びをつなぐ放射線教育の可能性を感じさせる勉強会だった。
会場風景
■国語や社会で先に原爆、被ばくを学ぶ
高等学校で理科(物理)の教員を務めた経験を持ち、今は福岡大学理学部物理科学科で大学生を教えている林壮一氏が、「小中学校の国語・社会の教科書における『放射線』の記述」と題して、教科書に載っている放射線について報告した。林氏が、指導する学生とともに現行の小中学校の国語や社会の教科書を調べたところ、半数近くで原子爆弾や原子力発電などに関連して放射線被ばくについての記述が見られたとのこと。
科学的に放射線を学ぶ中学校の理科より先に、子どもたちは小学校の国語や社会で放射線について触れることになる。このため、教科書の欄外に放射線について科学的な説明を入れたり、教科書会社がつくる教師用の指導書で放射線の危険な面と役立つ面の両方があることを記述したり、あるいは教員免許状更新講習でくわしく伝えたりすることが大切ではないかと提案した。
林壮一氏
■今の大学生が理科の教員を目指す現状
中央大学理工学部で教員を目指す学生を教えている村石幸正氏は、「教職課程・理科教育法を担当して」という題で、理科教員の養成を取り巻く現実について語った。中学校や高等学校の教員免許状の中で、一番取りにくいのは「中学校の理科で、圧倒的に難しい」と村石氏。物理、化学、生物、地学の4つの領域を学ぶ必要があり、取得しなければならない単位数も多いとのこと。学生の負担が大きく、高等学校の免許状だけを目指す生徒もいるという。
村石氏は理科の教員を目指す学生についても厳しい現実を報告した。教える学生を対象に調査をすると、これまで理科実験室で白衣を着たことがある学生は約2割で、中学時代に教科書に出てくる生徒実験を「全てやった」と回答する学生も約2割、高校になると生徒実験を「1回もやったことがない」という学生が4割強もいたとのこと。そんな学生たちは「教材は自ら考え出すものではなく、インターネットなどで探して利用するもの」という発想を持つ傾向があると指摘した。そして、各学校が特色を求められる中で、大学進学実績の目標を高く掲げて授業内容を厳しく管理する現実にも言及。とても放射線教育ができる状況ではないと訴えた。
村石幸正氏
■食生活に役立つ放射線を誤解なく知ってほしい
量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所の小林泰彦氏は、「生活科学としての放射線利用の学習」と題して、食品照射の技術について解説した。この食生活に関わる放射線利用は、理科以外の教科での放射線教育の可能性を示唆した。
食品照射は品質劣化が少なく、環境汚染につながる薬剤も使わず、農産物の日持ちが良くなって食品ロスにもつながるメリットもあるという。国際社会では、香辛料やハーブ、乾燥食品などの照射殺菌が実用化されていて、食の安全に役立っているとのこと。しかし、日本ではジャガイモ以外の実用化(認可)が進んでいないと指摘。だが、2011年に焼き肉店でユッケの集団食中毒が発生した事件をきっかけに、食品照射の技術が改めて注目され、現在、厚生労働省では、牛肝臓に対する放射線の殺菌効果について研究しているという。「気にする人もいれば、気にしない人もいる。消費者が自由に選べることのできる社会を」と、小林氏は食品照射の有無を明示することの重要性を説いた。
小林泰彦氏
■放射線教育で小・中・高の学びの連携性を生み出したい
開館して3年が経過しようとしている福島県環境創造センター交流棟(コミュタン福島)で教育ディレクターを務める佐々木清氏が「福島の過去に学び、現実を見つめ、未来を切り拓く、コミュタン福島における放射線教育」と題して、この施設で開発し実践している放射線教育を紹介した。当日は、コミュタン福島での実践内容や工夫を説明するだけではなく、実際に活動の一つを会場の参加者らも体験。提示されたカリウム入り食塩やカリ肥料など5つのサンプルから出る放射線の量が多い順を予想し、その理由を考えた。
実際の活動では、子どもたちがGMサーベイメーターを使って自ら放射線を測定し、その結果を比較、考察していく。「あくまで生徒が主役」と佐々木氏。「なぜ」と思う気持ちを大切にして、対話をしながら自ら課題を解決するように導いていくという。「最近は、子どもたちが書いている文字の筆圧が強くなって、大きさも変わってきた。自分の言葉で放射線について語ると、大人の私が説明するよりも、しっかりと伝わる」とのこと。
佐々木氏は、小学校・中学校・高等学校の枠を超えた放射線の学びの連続性を生み出したいという抱負も語った。コミュタン福島が関わることで、学びを切らさずに、小学生の探求的な学びを中学生の探求的な活動に、そして高校生の課題研究に続けていくことができると、力強く語っていた。
佐々木清氏
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