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高校での霧箱製作ノウハウを中学教諭に―名古屋経済大学市邨高校

 

 平成30年7月30日、愛知県の名古屋経済大学市邨高等学校で、「中学校理科で使える高校理科の技術」と題した、中学校理科の先生向けの講座が開催された。講師は、名古屋大学理学研究科・素粒子宇宙物理系F研基本粒子研究室客員研究員の林煕崇先生。開発した林先生にちなんで名づけられている「林式高感度霧箱」を、参加者たちは自ら製作し、宇宙線をはじめ、身の回りにあるさまざまな放射線の飛跡を観察した。

 

製作した林式高感度霧箱                                                

 

■中学生にも放射線の存在を実感してほしい

 名古屋経済大学市邨高等学校では、放射線教育として、物理の授業や科学研究部の活動の中で霧箱の製作や実験を行っている。今回、新しい中学校学習指導要領(平成29 年告示)の理科分野の第2学年と第3学年で放射線に触れることになることを受けて、高校理科のノウハウを中学校の先生たちに伝えようと、大津浩一先生をはじめとする市邨高校の教諭たちによる特別講座を開催した。

 参加したのは、愛知県内の公立中学校の理科教諭19人。冒頭、澁谷有人校長は「本校の理科では、生徒がいろいろな体験を通して学ぶことを大切にしています。放射線を可視化する霧箱を体験することができたなら、中学生にもきっとその後の学びに変化があると思います。ぜひ生徒が実感を持てるような実験を、多くの中学校で実践していただきたい」と、参加者に語りかけた。

 

■「よく見える」「たくさん見える!」「きれい」

 「林式高感度霧箱」は、元高校教諭である林先生が、入手しやすい材料で手づくりできるものとして開発したものだが、最大の特徴は、自然放射線をメンテナンスフリーで長い時間、良い条件下で観察できること。例えば「密閉度の高い13(縦)×19(横)×13cm(高さ)の箱つくり」「アルコールのプールをつくり、ドライアイスで外側から冷やす」「内側の側面には、黒い紙を2枚重ね合わせて、毛細血管現象によるアルコールの自動吸い上げを可能にした」などの工夫が随所に施されている。また、耐久性も考慮されていて、手入れを忘れなければ何年にもわたって利用できるという。

 この講座では、10年かけて改良を重ねた最新のタイプを伝授した。霧箱の製作が始まると、参加者たちは材料を折ったり、クリップにゴムを通したりと、すぐに作業に没頭。やや複雑な構造に苦戦気味の先生の姿も見られた。

 

指導にあたる林先生(右から2人目)

 

 霧箱を初めてつくる先生にとっては、手間取る工程もあったが、今回の講座では全員が2時間程度で完成させることができた。霧箱の中にアルコールを流し入れて、配布されたドライアイスの上に載せて数分待つと、たくさんの放射線の飛跡がライトの光の中に現れた。「よく見える」「たくさん見える」「きれい」と、参加者たちは喜びの声を上げた。

 霧箱の内部が十分に冷えると、同時に何本もの飛跡が見える。細く縮れた線を描くベータ線のほか、短くて太い線を描くアルファ線、鋭く直線を描く宇宙線(ミューオン)なども観察できた。林先生の話によれば、アルコールの過飽和の層が厚く、上から飛んで来た放射線も捉えやすいという。

 

いろいろな放射線の飛跡が観察できる

 

■身の回りにある放射線を実感できる

 午後は、新学習指導要領で中学校でも扱うことになって注目されている実験器具「クルックス管」の安全性について大阪府立大学放射線研究センターの秋吉優史准教授の講義。その後には、市邨高校科学研究部に所属する生徒による、掃除機とマスクを使って線源を校舎内で集める方法の発表と続いた。昼を挟む長丁場の講座だったが、参加者たちは、放射線の授業に関する新しいヒントを得られたようで、満足した様子だった。

 ある参加者は、「今年度からこの霧箱を使って生徒たちに身の回りにある放射線を実感させたい。時間があるときに、今日教えてもらったものをいくつか製作して、各班で観察できるようにしたいですね。シャーレ型霧箱も放射性物質から放射線が出ることを確認するにはよいのですが、線源を使うため生徒によっては線源がなければ放射線はないと思ってしまうかもしれない。この霧箱ならそのような誤解は生じません」と話していた。

 別の参加者も、「線源がないのに放射線をたくさん見られたのが良かった。最初、『なんで線源がないのに見られるの?』と考えてしまったのですが、『そうか、これが自然の状態なんだ』と気づきました。これは放射線の学びに入りやすい道具ですね」とも話していた。アンケートでも、多くの先生がこの霧箱を授業で「使いたい」という項目に印を付けていた。

 

クルックス管で発生するエックス線の飛跡も自作した霧箱で確認した

 

■中学校の理科でも霧箱の実験を

 講座修了後、渋谷校長は「自然界に放射線あるということを、今日のような実験を通して中学生が理解できるようになるといいですね」と語っていた。

 大津先生は「高校の実験で使っている霧箱を中学校でも使うことができれば、生徒も先生も楽しい授業ができるのではないかと思い、このような講座を企画しました。さまざまな放射線を見られるこの霧箱が広く活用されれば、生徒のサイエンスリテラシーや放射線リテラシーもきっと上がってくるでしょう」と、中学校の理科教育に期待を寄せた。

 霧箱製作を指導した林先生は「誰がつくっても安定して動作することを、今回確認することができました。この霧箱なら、アルファ線やベータ線のほかに、宇宙線や弱いエックス線による飛跡も見ることができます」と笑顔で語っていた。

 

左から澁谷校長、林先生、大津先生

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