全学年が伝え合い、保護者に発表するまでに至る連続学習
2017年12月2日(土)、福島県西白河郡西郷村立西郷第一中学校で、「放射線教育学習発表会」が開かれた。全校的に取り組んだ放射線教育の成果を、全学年の生徒が学年の壁を越えて互いに報告した。当日は、多数の保護者や教育関係者も訪れて参観。生徒たちは、放射線の特性の理解につなげるポイントなどを書き込んだ大きな紙を黒板に貼りだし、ときにはクイズや寸劇も交えるなど工夫をこらして他学年の生徒や保護者に伝えようとしていた。
■西郷(にしごう)第一中学校
昭和22年4月に開校。所在地の福島県西白河郡は栃木県の県境に位置し、西郷(にしごう)村は阿武隈川の上流域に当たる。JR新白河駅から車で約15分。生徒数は337人(2017年12月現在)。2011年3月の事故直後の放射線量は0.76μSv/hだったが、12月2日正午、校庭に置かれたモニタリングポストの示す放射線量は0.093μSv/hに下がっている。
2017年度の放射線教育として、さまざまな学習活動に取り組んでいる。7月には放射線の基礎を学ぶ「包括的放射線教育」で、ストレスや心理に関する授業を実施。9月には放射線の専門家の講話、村役場の保健師さんの「ガラスバッチを用いた健康保健」といった授業を重ね、10月から「学年テーマ探究学習」を展開。11月15日には県内の放射線・防災教育実践協力校が一堂に会して発表し合う「放射線・防災教育フォーラム」(於:福島県環境創造センター:コミュタン福島)に3年生が参加し発表するなど、何段階かのステップを踏んで授業を進めてきた。全校の先生が放射線教育に参加している。
■ユニークな「縦割り」クラスで、各学年が発表
12月2日の発表会は、3学年の生徒が混在する30人弱の「縦割り」クラスを12つくり、それぞれのクラスが別々の教室に分かれるというユニークな形で行われた。全生徒は、あらかじめ割り当てられた教室に移動。進行は、各教室の学級担任が教科は問わずに担当した。
学年ごとに学習テーマが設定されていて、1年生のテーマは「放射性物質を体に取り込まない方法」、2年生のテーマは「放射線の利用や影響」、3年生のテーマは「放射性物質に対する防護や避難の仕方」。各教室では、1年生、2年生、3年生の順に、各学年約10分間ずつ発表、発表の後には質疑応答の時間が3分間設けられた。
(写真左)書き込んだ紙で放射線の特性を伝 える発表。(右)関本慶太先生。
■他学年の生徒との間で質問し合う
発表が終わると、関本先生は、持参したスマートフォンと電子黒板をコードでつなぎ、紙に書かれた小さな文字や絵を拡大して表示。「この図を皆さんも見たことあるのではないですか?」などと問いかけて、1年生の発表資料をみんなでもう一度見るように促し、2~3年生に「質問は?」と語りかけた。
3年生が「食品の検査はどこで行われますか?」と質問すると、関本先生は関係する部分を電子黒板で表示。1年生たちが手元の資料を何度もめくり、リーダーが「西郷村の役場で行われています」と答え、関本先生も詳しい説明を付け加えていた。
次に、2年生たちが放射線の基礎について調べたことを発表。「原子核」など、高校生で学ぶ知識を使って詳しく解説していた。その上で「福島県の食料は検査されているので、食べても大丈夫です。ただ、福島県以外の人たちには安全だとわかっていない人たちもいますので、私たちがこれからもっと放射線について勉強し、そういう人たちに教えてあげられたらいいと思います」と締めくくった。
最後の発表となった3年生が登壇。放射性物質の防護や避難について学習したことを説明。単なる資料の読み上げではなく、随所に寸劇やお笑いコント、クイズを盛り込んで、なるべく印象深くして、被ばく量を少なくするための方法などを伝えた。下級生たちは表情をほころばせながら先輩たちの発表を聞いていた。
(写真左)保護者も熱心に参観しながら、生徒の発表(右)を見守った
■参観した保護者にも理解の機会
教室の後ろで見学していた保護者も、生徒たちの発表を真剣に耳を傾け、3年生から出題されたクイズに対して楽しそうに答えを考えていた。終了後、ある母親に感想を聞くと、「3・11以降、子供にとって不安だったことを、自分で調べて発表することで知識が身に付いたと思います。私自身も今日の授業のように子どもがα線の役になりきって、どこまで飛んでいくかを見せる寸劇を見ると『なるほど』と思いました」と話した。放射線教育は家庭にも不可欠のようで、「庭に生えてくる筍を食べるにはどこまで皮をむけば大丈夫か、放射線を測定しました。土を付けたままだとダメなことを学びました。放射線教育はまだまだこれからも必要で、全国の人にも教えてほしいと思います」と語っていた。
(写真)発表の際に生徒がまとめた資料のなかには、2018年1月に西郷村文化センターで開かれた調べ学習の発表会で、優秀作品に選ばれたものもあった(上はそのうちの2点)。
■子どもたちのアウトプット力を高める
古川晃校長のリーダーシップのもとで、全校の先生が参加した授業だった。古川校長はこの発表会の目的を、生徒たちが放射線教育に取り組む姿を多くの人に見てもらい、放射線の人体影響や風評被害、いじめなどの問題があっても、「私たちは大丈夫だよ」と伝えることにあると話す。
「子どもたち一人ひとりが、自分が勉強してきたことを友だちや保護者、先輩、後輩に発信したいという思いを強く持っていました。発表が終わった後、とても良い表情をしていましたね。きっと、保護者などの皆さんに、自分の頑張っている様子を認めてもらったと思えたからでしょう。子どもたちにとって、また先生たちにとっても、自分の成長にプラスになる発表会でした」と振り返った。
古川晃校長
福島県の放射線教育では、同県出身者が修学旅行や大学進学、就職をしたときにも起きるかもしれない風評被害、いじめなどの問題に対して、「しっかりと正しい知識を伝える」ことを目指している。大事なのは理科だけでない。「放射線について科学的な理解だけでは十分ではありません。今、大切になっているのは、風評被害に対する教育や子どもに寄り添った心の教育だと感じているところです」と理科担当の関本先生。
そのうえで発信する力については、3年生の発表でさまざまな工夫が見られたと関本先生は振り返った。「今の3年生は、私が理科で3年間見てきました。授業の中で毎回必ず発表させたり、説明させたり、書いたものをプロジェクターで投影したりということを意識的に取り組んで来ました。すると、生徒たちがだんだんと説明や表現で工夫を入れるようになりました。11月15日のフォーラムの経験もあり、生徒が自ら他の生徒に質問を投げかけて指名する場面も見られるようになりました。この放射線教育の発表に取り組むこと子どもたちのアウトプットする力が確実に身に付いたと思います」。
■1年間に13回にわたって進めたプログラム
最後に、平成29年度に放射線教育推進事業を計13回にわたって進めた一連の取り組みの内容をとりまとめた資料を学校から提供いただいたので、ここに紹介します。
※詳しくは下記をご覧ください。
Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団