一人ひとりが自分の課題を解決する放射線教育
=展示施設「コミュタン福島」を活用した理科学習=
避難先の福島県田村郡三春町で運営している富岡町立富岡第一・第二中学校三春校は2017年9月27日、三春町にある福島県環境創造センター交流棟「コミュタン福島」で、全校生徒を対象にした放射線教育を行った。生徒たちは住んでいた「ふるさと」の富岡町に思いを馳せながら、理科の発展的な授業として、それぞれが見つけた課題を解くために放射線の実験や調べ学習に取り組んだ。
■富岡第一・第二中学校(三春校)
富岡第一中学校と富岡第二中学校は、2011年3月に全町避難となった富岡町に所在した学校であり、同年9月以来、避難先の三春町で富岡第一小学校、富岡第二小学校も含めた小中4校の入る合同校舎(旧工場事務棟を活用)で、中学校生徒の計19人(小学校児童は計11人)が学んでいる。放射線教育に関連して、総合的な学習の時間で将来の富岡町を考える「ふるさと創造学」に取り組むなど、富岡町の過去と現在を見つめ、将来に向かう学びにも力を入れている。富岡町は2017年4月に避難指示区域が一部解除になったことに伴って、三春校を存続させながら、2018年度初めに富岡第一中学校の校舎で富岡町内での教育活動を再開する予定。
富岡第一中学校の中潟宏昭校長(左)と富岡第二中学校の村上順一校長(右)
■福島県環境創造センター交流棟「コミュタン福島」
2016年7月21日にオープン。福島第一原子力発電所の事故とその後の福島県内の環境や放射線などについて学べる施設であり、環境やエネルギー、放射線の性質などを見学者が手を動かしながら理解できる展示物も用意されている。自然放射線量や現在の除染状況、線量の推移などの数値データも多く扱っており、調査学習の環境としても活用できる。現在は、福島県内の学校の学習だけでなく、他県からの修学旅行時の学習も積極的に受け入れ始めた。
■生徒が自身の課題を見つける
この日に開かれたのは、「コミュタン福島の展示施設を活用した課題解決学習」と題し、2時間の理科の発展的な授業としておこなわれた。指導したのは富岡第二中の二瓶雅広先生(理科教諭)で、全教職員15人も生徒のサポートに参加した。
今回の学習活動に先立ち、生徒たちはまず、身のまわりで起きる放射線に関する問題や解決したいと思う課題を生徒自ら見つける活動を7月に取り組んだ。特に1年生は、総合的な学習の時間(国語担当の遠藤立子教諭が指導)で、地元の富岡について知る「ふるさと学習」をし、生徒が故郷の現状や避難解除後の町について知りたいことを出し合って調べる活動を展開した。この学習で「町はどのように除染されているか」「身近な地域の食べ物は安全なのか」「放射線の影響を受けないようにするにはどうすればよいか」といったことを課題として持つようになった。
中学1年の「ふるさと学習」で学んだことを個人の課題につなげた
理科の授業での放射線についての課題を追究するため、1年生から3年生まで一人ひとりが課題を持ち、コミュタン福島の展示施設を利用した学習計画を考える授業も9月4日に実施。コミュタン福島の教育ディレクターである佐々木清先生の指導を受けながら、各自の課題を解決する実験や調べ学習の方法も考えた。同じ課題の生徒は11班に分かれた。
9月27日午後1時30分、いよいよコミュタン福島の中にある多目的会議室(実験室としても使用可能)で授業が始まった。生徒たちは班ごとに着席。二瓶先生が「この放射線についての学習で、何を身に付けて欲しいと、私は言ってきましたか?」と尋ねると、ある男子生徒が恥ずかしそうに手をあげて、しかしはっきりとした口調で「放射線の正しい知識を身に付けて、将来、人に聞かれても『放射線って何』と言えるようになること」と答えた。佐々木先生から施設の利用法の説明を受けた後、生徒たちは班ごとに活動を開始した。
コミュタン福島の多目的会議室で行われた理科授業。
二瓶先生(右)と佐々木先生(左)
■食品や土で放射線を実際に測定
11班のうち4班は多目的会議室にとどまり、実験に入った。道具や材料などは、学校から持ってきたものの他に、放射線測定器などコミュタン福島にあるものも利用。「身のまわりの食品からどのくらいの放射線が出ているか」という課題を立てた班は、スーパーで売っている野菜などを簡易な測定器で放射線量を測り始めた。
野菜などを放射線測定器で測る。右は指導する二瓶先生。
除染に伴い発生した土壌や放射性物質に汚染された廃棄物の保管と処理についての課題を立てた班では、放射線源に土をかぶせた場合の放射線量を測る実験を開始。土を詰めた約2cmの幅の小さな袋を4つ用意し、それらを放射線源の上に重ね、一番上に測定器を置いて放射線量を測った。線源の位置を順に下げていくと、「放射線量が一気に下がる」と生徒たちは驚いていた。
二瓶先生が「この値で曲線のグラフで描いてみよう」と導くと、土の厚さが増えると放射線量が下がっていく曲線が描けた。学年の異なる生徒と一緒の班では、上級生が下級生を丁寧に指導するほほえましい光景も見られた。
放射線源に蔽う土の量を多くした場合の放射線量の変化を追う3年生(左)と1年生(右)
1人の生徒に複数の先生の目が注がれる
■ふるさとの学校の線量の変化を調べる
展示室の方では、7つの班の生徒たちが、それぞれの課題に沿って調べ学習を進めている。事故後の富岡町における放射線量の推移を課題に設定した班は、スタッフに操作方法を教わりながら、県内各地のモニタリングポストの放射線量の過去データも収まっている「放射線測定マップ」という装置を活用。1人の生徒が操作して、別の生徒が数値を読み上げ、残る1人がノートに記録していた。
3人は最初、通ったことのない富岡町の中学校の場所が分からず、「どこにあるんだっけ?」と見つけるのに苦労していたが、調べを進めていくと、除染の活動をしたと思われる後では放射線量が下がっていたり、そうでないところは依然として高かったりしていたことがわかった。この班のある生徒は「猪苗代町についても調べる」と言って、さらに調べだした。この地にある猪苗代町立猪苗代中学校には、富岡第一中学校のバトミントン部に所属する仲間が通っていて、その地域の放射線量も調べておこうと考えたようだ。
知りたい場所での放射線量の変化を調べるグループ
展示施設での実験や調べ学習は昨年度も実施した。あらかじめコミュタン福島のスタッフが、班ごとの学習テーマ(課題)に応じて、だれが、いつ、どの展示を案内し、説明するかなど、昨年以上にきめ細かく取り決めた「学びのマップ動線図」を準備したことも大きな助っ人になった。
実験や調べ学習が一通り終わると、再び多目的会議室に集合し、各班でそれぞれの活動でわかったことを整理。最後は、班の代表が前に出て、その日の学びを簡潔に発表した。図を使ったりしながら、一生懸命に自分の言葉で説明する。その発表の姿は昨年に増して身に付いてきており、この授業が生徒のさまざまな力を高めているようだ。
放射性物質からの距離と放射線量の強さの変化について実験結果を発表する生徒
■積み上げの成果、未来志向に
授業後の研究会で指導にあたった二瓶先生は、生徒たちから多岐にわたる課題が出たことに感慨深げだ。富岡第一中の中潟宏昭校長は「放射線の危険性について学びながら、一方で廃炉について課題を立てたり、放射線の新しい利活用について問いを出したりする生徒もいた。これまで長く継続してきた放射線教育がここに来て一歩深まり、未来志向の芽が立ち上がり始めている」と語った。
富岡第二中の村上順一校長は、放射線教育が「ふるさと創造学」の総合的な学習とリンクし、それも理科だけでなく理科以外の教科の教諭が関与することの重要性の時間を指摘する。「美術の教諭は、ダリが描いた『ビキニの3つのスフィンクス』という絵を見せ、その背景を生徒に語った。国語では石垣りんの詩『挨拶~原爆の写真によせて』を取り上げ、家庭科では調理実習に使う食材の放射線量を測定しました。先生自身が少しでも自分の教科のなかで放射線のことに触れ、多くの教科で教えるようになれば、生徒たちはそれをとても身近なものとしてとらえるはず。このように多方面から放射線にアプローチすることがとても大事だと思う」と振り返った。
「ふるさと創造学」から、一人ひとりの生徒の関心を高めながら放射線教育に結び付ける富岡第一・第二中学校の取り組み。第一中学校の前任校長であり、福島県全体の放射線教育を牽引してきた阿部洋己県教育委員会指導主事もこの授業を見守った。阿部氏は研究会で「当初の平成24年度は理科だけから始まった放射線教育だったのが各教科にも広がり、総合的な学習の時間にリンクするように発展してきた。展示施設(コミュタン福島)も学校の学習の課題をサポートする連携の形が整ってきた。これまでの積み上げが形になったもので、今後の県内外の学習のモデルになればと願っています」と講評した。
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