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放射線教育の国際的な展開でシンポジウム開催 〜STEM教育によるリスクリテラシーの構築を目指し〜(東京大学主催)

 

 2016年12月6日(水)、東京大学環境安全本部が主催するシンポジウム「国際的な視点での放射線教育の現状と展開」が科学技術館6階第1会議室で開催された。はじめに主催者を代表して飯本武志氏(東京大学環境安全本部准教授)があいさつ。「リスクリテラシーを国民のなかに根付かせていくうえで、STEM(科学・技術・工学・数学)教育に着目している」ほか、「ツールの一つとして放射線教育がある」とし、その視点で本シンポジウムを進めたいと趣旨を説明した。

飯本武志氏のあいさつで始まったシンポジウム

 

■日本の国際協力や海外の取り組を紹介 – 第1部

 第一部は、放射線教育の国際協力や海外での取り組みを含めて3人が基調報告した。日本の「原子力人材育成ネットワーク」の組織と初等教育における国際支援の取組みについて紹介、続いてフィリピンにおける中学生向け放射線教育の現状と、継続的に放射線教育を向上させていくための枠組みについてフィリピン教育委員会から報告があった。マレーシアからは中高生向けの放射線教育の実施状況や今後の展望について、現場の理科教師が説明した。発言の要旨は以下の通り。


原子力人材育成ネットワークの初等中等教育支援分科会の活動

工藤和彦氏 (九州大学名誉教授)

 「原子力人材育成ネットワーク」は2010年11月に発足した。産業界、大学などの教育機関、研究機関、国といった73(2017年1月現在74)の関係機関が一体となって各種の原子力人材育成活動・事業を効率的、効果的に推進するための組織である。

 国内人材の国際化や海外人材育成などを目的に5つの分科会が設置されている。そのうち初等中等教育支援分科会(事務局:JAIF)では学校現場への各種教材の紹介、解説やその開発を支援。IAEAの人材育成プロジェクト(RAS0065TC Project)にも協力している。


工藤和彦氏

 

 

学校での放射線教育の枠組みづくり進める – 教育省・教育委員会の視点

Ms. Micah Pacheco(フィリピン共和国 教育委員会委員)

 現在、フィリピンではSTEM分野に進む学生が減ってきており、教育省にとって課題になっている。同様に放射線や原子力分野を学ぶ学生も減少しているため、生徒にとって、より魅力的な授業や活動を提供することが重要なテーマである。そこで、IAEAのプログラムを利用して、日本の放射線教育の学習ツールを導入した。

 また放射線教育の向上を継続的に進めるために、これらツールを用いた教師や学生向けの研修と課外活動を進めている。飯本氏提供の放射線教育ビデオなどにより、正しい知識を提供できただけでなく、学生たちに放射線への関心を持たせることができた。また既に200人以上の教員が研修を受けており、実際にSTEM分野に進む学生が増えた学校もあるとの報告も上がっている。


Micah Pacheco氏


学校現場で放射線教育を実践、教員向けの水平展開も – 理科教員の視点

Ms. Mazshahdah Bt Mohd Shah(マレーシア 学校理科教師)

 マレーシアでもフィリピンと同様に日本の放射線教育の学習ツールを導入しており、Shar氏も自ら教壇に立ち、はかるくんや霧箱を使った授業を行っている。学生対象のアンケートによると、授業により放射線や原子力科学について持っていたネガティブなイメージが払拭できたという意見や、放射線教育の必要性を感じたという意見があった。

 マレーシアではこれらの学習ツールを使った理科教員向けのワークショップも実施しており、広く水平展開しているほか、学生による放射線についてのグループ研究や発表など、より深い学習も実践している。今後、これらの学習ツールによる授業を継続的に実施していくポイントとして、実験機材の充実などが挙げられる。

Mazshahdah Bt Mohd Shah氏


■ 行政担当者および教育現場担当者からの提言 – 第2部

 第2部では、基調報告を受けて、海外への支援や国内活動について、特に関係する行政担当者などから現状や課題について発表した。発言の要旨以下の通り。

 

原子力の平和的利用における国際協力を促進

辻昭弘氏(外務省軍縮不拡散・科学部 国際原子力協力室長)

 IAEA(国際原子力機関)では、これまで「平和のための原子力」という標語だったのが、天野之弥事務局長により「平和と開発のための原子力」となり、主に技術協力局の下で開発分野を含む技術協力活動を推進している。日本としては、IAEAの活動に対する認識の向上促進をはじめ、技術協力基金(TCF)や平和的利用イニシアティブ(PUI)に対し拠出を行うといった財政面での貢献、RCAプロジェクトに日本人専門家に積極的に参画いただくといった人材面での貢献など、さまざまな形でIAEAの活動支援を行っている。

 

原子力分野における国際協力とアジアの国々への支援

釜井宏行氏(文部科学省 研究開発局研究開発戦略官付 核不拡散科学技術推進室長)

 原子力分野における国際協力として、①研究者育成②講師育成③アジア原子力協力フォーラムの枠組みを活用した専門家交流 – の3つの事業を進めている。

 最初の研究者育成事業(開始は1985年)は、アジア諸国から毎年約20名の研究者を招き、3〜6か月ほど国内研究機関で研究活動を行い、アジア各国の原子力基盤の整備・強化に貢献している。2つ目の講師育成事業(同1996年)は、アジア諸国から毎年約80名の研修生を招き、講義や実習、原子力施設への見学等を実施し、研修生の帰国後も日本から専門家を派遣して指導を行うことで、母国で技術指導のできる講師を育成する。3つ目のアジア原子力協力フォーラム(FNCA、同2000年)は12ヵ国が参加し、原子力分野の10のプロジェクト活動で国際ワークショップを年1回開催し、専門家による情報交換や共通課題に関する議論を行っている。今年8月には人材養成プロジェクトの国際ワークショップをマレーシアで開催し、各国の中高生向け放射線教育の成果共有を行った。

 

初等中等教育でのエネルギーおよび環境教育の観点から

清原洋一氏(文部科学省 主任視学官)

 中学校の学習指導要領において、約40年ぶりに放射線の項目が取り入れられたほか、「環境を守るために、メリット・デメリットを含めながら科学技術をどう使っていくかを考える項目」も入った。また全国に約200校あるスーパーサイエンスハイスクールの中でも、放射線や環境について先進的な課題研究を実施している生徒がたくさんいる。学習指導要領に基づいた全体的な教育という視点とともに、指定校事業や教員研修のようなさまざまな側面での支援を進めている。

 

エネルギー政策からみた3・11以降の広報

須山照子氏(経済産業省資源エネルギー庁 広報官)

 以前は原子力立地地域において原子力の必要性を中心に広報活動を展開していた。福島第一原子力発電所の事故直後は、放射線関連の基礎等について広報を展開してきた。現在は「3E+Sのバランスの確保」をキーワードに、科学的根拠・客観的事実を強く意識しつつ、消費地域においても原子力の必要性について広報活動をしている。(注)3E+S=Energy Security(安定供給),Economic Efficiency(経済効率),Environment(環境適合),safety(安全性)

 人材育成に向けては、小中学生を対象とした霧箱実験などの体験教室や、立地地域の教員、大学生などの次世代層を対象としたエネルギー、原子力セミナーなどを行っている。また、国民理解活動としてエネルギー消費地域の住民を対象としたエネルギーミックスなどに関するシンポジウムも開催している。

 

食品安全におけるリスクコミュニケーション

石川一氏(消費者庁 消費者安全課)

 消費者庁が設立された後、約1年半後に福島第一原子力発電所事故が起きたため、消費者庁の行ってきたリスクコミュニケーションは、食品と放射性物質に対するリスクコミュニケーションと言っても過言ではない。2011年から500回以上のシンポジウムや説明会を開催してきたが、その約7割を福島県内で行っている。

 被災4県(福島、岩手、宮城、茨城)の農産物に対する消費者の意識調査の結果によると、全国的には「情報がないのでリスクを考えられない人」の割合が徐々に増えているのに対し、福島県内では「リスクを受容できる人」の割合が増えている。これは、事故から5年以上が経ち、全国的にはメディアでの扱いが減っている一方で、福島県内では積極的な情報提供や住民説明会、リスクコミュニケーションが一定の効果を上げていると考えられる。

 今後は食品安全の考え方の基本として、「安全か、危険か」ではなく「リスクをゼロにするのではなく、管理し評価していく」というリテラシーを根付かせていく必要がある。

 

放射線に関するリスク教育、福島県の10年後の展望

阿部洋己氏(福島県富岡町立第一中学校 校長)

 福島県の現在の放射線教育の課題として、「避難が継続している地域と他の地域の温度差が大きいこと」である。また全国的には「放射線等に関わる風評が払拭できない」ことが課題である。

 それらを踏まえたうえで、10年後に向けて放射線教育で児童生徒に理解させたいこととして、?自然放射線の存在、?放射線の利活用、?一度に多量の被ばくは危険であること、?原発などの事故の際に身を守る方法?の4つを提言した。合わせて防災教育的な視点から、「知識理解や避難訓練などの原子力災害などへの備え」「道徳教育や人権教育の徹底」「コミュニケーション力の育成」などの重要性を訴えた。

 

医学的見地からの放射線被ばくリスクの考え方

藤井博史氏(国立がん研究センター先端医療開発センター機能診断開発分野分野長)

 福島第一原子力発電所事故の後、勤務先の近くに「ホットスポット」があるとの報道があり、近隣住民が深刻な不安を感じる事態となった。実際に測定すると年間1ミリシーベルトを超えることはなかった。放射線被ばくによる発がんリスクは一般的にイメージされているよりも小さく、実際はタバコや肥満、過剰なダイエットの方が影響は大きい。

 そこで放射線被ばくのリスクを伝える方法として、「大人数を対象としたセミナー」と「少人数を対象としたミーティング」の2つを用いた。どちらも効率や参加者への影響力などについて、それぞれメリット、デメリットがある。より効果が期待できる方法として、一目で放射線の知識を伝えられる「インフォグラフィック教材」を開発中であることが紹介された。

 

■パネル討論「リスクリテラシー構築の題材としての放射線」 – 第3部

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 ファシリテーター:飯本武志氏(左端)と

パネラー:Micah Pacheco、Mazshahdah Bt Mohd Shah、清原洋一、工藤和彦、藤井博史の5氏(左から右へ)


 パネルディスカッションの冒頭、ファシリテーターの飯本氏がIAEA(国際原子力機関)のコンペンディアムについて説明した。コンペンディアムとは、IAEAによる原子力・科学技術教育プログラムの開発ミッション(2012-2016年)が取りまとめた、日本、米国、豪州、英国などで行われてきた放射線教育の実践事例のパッケージである。このシンポジウムに講演者が招かれたマレーシアとフィリピンは、このコンペンディアムから日本の放射線教育2時間カリキュラムを採用し、先進的に導入したパイロット国のうちの2国である。

 最初のテーマとして、学校現場で放射線教育やリスク教育を先生方が熱意と自信をもって実施し、それを継続するには、どのような仕組みと国や専門家の支援が必要だと思うかとの問いが投げかけられた。パネリストからは以下の主旨の発言があった。

 

放射線教育とリスク教育が必要とするサポート

Shah マレーシアでは、各学校2?3名の教師が放射線教育に関する研修を受け、それを同僚の教師たちに指導する“ピアコーチング”が行われている。教育省がそれらの進捗を管理することにより、全ての理科教師が放射線に対する正しい知識を身に付けられるような支援が必要だとの認識で関係者は活動している。

工藤 国の予算も含めた支援などにより、原子力人材育成ネットワークのような任意団体の組織も強化していくことが必要。

藤井 マイクロシーベルトなどのスケールを含め、放射線の人体に対する生物学的影響が一目でわかる教材の開発などの支援が必要。

Pacheco 先生に実験機材や教材を広く提供する支援が必要。それにより、教育のプロである先生が、生徒だけでなく保護者にも正しい知識を提供できるようになる。放射線に対する一方的なマイナスのイメージをコミュニティ全体として変えていくことが求められている。」

清原 まず教材、実験機材を充実させていくことが必要。実際に自分で測定して、そこからさらにどう考えるか、という点が重要である。生涯学習という視点でも、学校は社会における非常に重要な役割を担っているので、教師がリスクリテラシーを持つことが求められる。それらのためには教材開発についても、教員研修についても、省庁間や産学官で様々な連携が求められる。

飯本 それぞれのメンバーがどのような役割を果たしているか、まずその把握が必要。そのうえでキーパーソンがどのように連携をとっていくかが重要である。

 

リスクリテラシーを目的とした放射線教育に求められるポイント

 次のテーマは、国民のリスクリテラシーの醸成のためのひとつの機会として、学校での放射線教育の計画や実施の際に、どのような工夫すればよいか、という問い。パネリストや他の講演者からは以下の主旨の発言があった。


Pacheco まず、正しい、適切な情報を教員が生徒や社会にどのように提供するかが重要である。地域社会への情報発信やリテラシー醸成のためには、放射線教育に求められる着眼点や、正しいコンセプト、法律の知識なども必要となるだろう。

清原 世の中が目まぐるしく変化していく時代に求められる力として、答のない問題に対してどのように対処するかが、次の学習指導要領改訂においても重要な視点となっている。答のない問題は、誰もが実際に社会で経験するものであるが、小中高の間に学習として取り上げられることは少なかった。

 例えば、環境問題において様々な要素、メリット・デメリットを考慮しながらより良い選択を考える、という学習が大切である。ただ、そのような学習には基本となる正しい知識、骨格となる情報が必要である。ありとあらゆる情報があふれている現代には、専門家などと繋がることで、まずその基本的な知識を学習者が得られることが必要である。また、学校が様々な人たちと連携し、どのような学校教育を行っているかを社会に発信することで、『社会に開かれた学校』となり、よき理解者を地域に増やしていくことも求められる。

Shah まず、放射線リテラシーを高めるためには省庁や民間セクターなどさまざまな組織が連携することが必要である。また学校教育の場に、生徒だけでなく保護者も参加し、ともに学習することで、放射線に関する正しい知識や安全対策について理解を得ることができるだろう。阿部 教員は全ての分野の専門知識を持っているわけではないので、多くの専門機関や専門家の協力が必要である。震災直後だけ協力してもらうというのではなく、今後も継続的に専門家と連携をとっていきたい。また、たくさんの省庁や行政でさまざまな取り組みを進めているが、学校現場の立場からすると、それらの情報がバラバラだと実際に生かすことが難しい。そのような取り組みや情報が統括される場があることが望ましい。

石川 教育とリスクコミュニケーションの最大の違いは、教育は広く行き届くが、リスクコミュニケーションは意思を持った方だけが参加する、という点。多くの方に参加してもらうためには、関心の高いテーマを取り上げるのなどの方法があるが、そればかりに流されるべきではなく、一つの悩みの種である。

 

 最後に原子力産業協会の木藤啓子氏が「原子力産業協会として放射線教育へのサポートを続けていく」と閉会の挨拶をし、シンポジウムを終えた。

シンポジウムを終えて

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