平成24年度から中学の理科教育に約30年ぶりに復活する放射線。現役教師のほとんどが指導経験の無い未知の教育内容だ。このため、東京都中学校理科教育研究会(会長=高畠勇二・練馬区立豊玉中学校長)は授業実践を重ねることで指導の目標とカリキュラムの確立をめざし研究を進めている。
その一環として昨年11月15日、東京都練馬区立中村中学校で3年生を対象に単元名「放射線の性質と利用」の研究授業が行われた。
担当は永尾啓悟教諭。大学では建築を専攻したという同教諭は諸資料にあたり、専門外の放射線について自ら学んだ。高畠会長がまとめた8時間の単元指導計画を6時間にアレンジし、科学技術発展の流れを追いながら、原子力を中心とするエネルギー教育のなかで放射線を取り上げた。
永尾教諭は3年生176人を対象に、「放射線は怖いか、怖くないか」というテーマで事前にアンケートを取った。結果は「怖い」が90%、「扱いを間違えると怖い」が4%だった。このため、授業は放射線に対する漠とした恐怖感を取り除くことをねらいとした。
授業ではまず、黒板に学校内6か所で行なった放射線の測定結果を張り出した。前回の授業で行なったもので、理科室0.055マイクロシーベルト、校庭0.038マイクロシーベルト…といった測定値が並ぶ。こちらは放射線がごく身近なところに存在することを知ってもらうおうというデータだ。
永尾教諭は生徒たちにアンケート結果を示した。「みんなが怖いと思っている放射線はごく身近なところにあるんだね。なのになぜ怖いと思うのか。それは得体が知れないから。正体が分かれば、放射線を楽しく学べ、理解できるのではないかな」と語りかけ、2つの実験から放射線の性質を考察する授業へと進めた。
実験は放射線源からの距離によって放射線量が変わる実験。花崗岩、カリ肥料、塩、湯の花の4つに線源から、それぞれ5cm刻みで20cmまでの線量を測る。
実験は材質および壁の厚さと放射線量の関係を調べる実験。放射線を出すトリウムが入った粉末状の船底塗料を線源にしてアクリル、アルミニウム、ステンレス、鉛で壁をつくり、壁が無い場合、5mmの壁1枚、10mmの壁2枚の3ケースについて放射線の遮蔽能力を測った。
<”はかるくん”の数値を読み取り、平均値を算出>
<授業で用いたプリント>
実験のかたわら、教室に置かれた霧箱をのぞいて放射線の飛跡を視覚でとらえる試みも行なった。飛行機雲のように白い飛跡が見えると、生徒から「見えた!」と歓声があがった。
<霧箱観察の様子>
<霧箱で観察された放射線の飛跡(赤枠内)>
考察では、生徒たちが実験データを読み取り、「線源から遠く離れると線量は減少する」、「物質によって放射線の出る量が異なる」、「放射線を一番遮蔽するのは鉛」など、数字にあらわれた放射線の性質を指摘していった。
<計測値から分かる放射線の性質を説明>
生徒がひととおり放射線の性質を学んだところで、永尾教諭は放射線を遮蔽している実例として原子力発電所が炉心を中心に建屋まで5重の壁に囲まれ安全が保たれていること、生活の中で医療器具の滅菌、植物の品種改良、テニスラケットの強化など多分野にわたって放射線の照射が役立っている現実を説明し、「今日の授業で放射線の正体が見えてきたと思います。間違った情報も飛び交う世の中ですが、ものごとを客観的に正しく見られるよう科学的知識を身につけておくことが重要だと思います」と、授業を締めくくった。
中理研の高畠会長はじめ授業を参観した他校の教師10数人で行なった研究協議では、授業内容について以下のような感想や提案があった。
永尾教諭は「時間が足らず、つい駆け足になってしまう」と、内容豊富な放射線授業のむずかしさをのぞかせていたが、授業後に回収した生徒のワークシートからは、放射線に対するイメージがプラスに転じる変化がうかがえ、ねらいは達成されたとした。
放射線だけに絞っても教えたい内容はきわめて豊富。まして膨大な内容を持つエネルギー学習のなかで、放射線をどのように位置付けて授業内容を組み立てるのか、これからも研究授業を通してブラッシュアップが続く。
(完)
本動画の著作権は、放射線教育推進委員会が有しています。改変、転載、再配布は禁止していますのでご了承ください。
授業中に表示されている資料は、以下の企業・団体からの協力で提供された資料を使用しています。
東京電力株式会社:パンフレット(抜粋)、動画(抜粋)
独立行政法人日本原子力研究開発機構:パンフレット(抜粋):「放射線のなぞを解け!」「放射線って何だろう」
公開授業で使われている資料をダウンロードできます。ぜひご活用下さい。
Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団